目の前に現れた恐竜が、けたたましい雄叫びをあげている…―。
突如アトラクション内に現れたその映像に、グレアム君も私も驚いて固まってしまった。
グレアム「こ、これは原作にはないはず……。 なんでだ……まさか、またウィルが余計なことを…―!? いや、落ち着け、俺! と、とりあえず先に進もう。この謎は……」
(グレアム君、動揺してる?)
眼鏡をかけたり外したり……彼は明らかに狼狽していた。
だけど……
○○「あの、グレアム君、大丈夫ですか?」
グレアム「っ……! 何が? 俺はいつだって、至って冷静な判断のできる作家だ。 そう、至って冷静。つまり落ち着いている。まるで静謐な時間を過ごしているかのよう……」
(やっぱり、ものすごく動揺してる……)
焦るように謎を解き、先へ進もうとするグレアム君に、私もはぐれないようについていった…―。
…
……
グレアム「……やっと半分程度は進んだよね」
グレアム君が一つため息を吐いて、そう口にする。
○○「じゃあ折り返し地点ですね。あともう少し…―」
そんな会話をしていた時、カサリと背後で音がした。
(今の音って……)
緊張を胸に、振り返ると…―。
グレアム「うっ、うわあっ……! タランチュラがっ!!」
○○「えっ……!?」
ぼたぼたっとグレアム君の体に黒いものが降ってきて、彼の顔が一気に青ざめる。
グレアム「はっ、はらって! お願いっ! 蜘蛛だけはどうしても駄目だっ、駄目なんだよっ……!」
グレアム君がその場で硬直したまま、悲鳴のような声を上げる。
○○「ええっ……!」
(だ、だって私も蜘蛛は…―)
グレアム「た、頼む……!! 早く!」
鬼気迫る様子のグレアム君に、意を決して手にしていたパンフレットを丸める。
恐る恐る、それでグレアム君についた蜘蛛をはらうと…―。
(? この蜘蛛……)
ぽとりと落ちたタランチュラは、よくできた作り物だった。
グレアム「うう……お、落ちた?」
○○「はい。グレアム君、この蜘蛛作り物でしたよ」
グレアム「っ……! そ、そんなことはわかってるよっ!」
グレアム君の顔が一気に真っ赤に染まった。
(グレアム君って……かわいい)
思わず、くすりと笑みをこぼしてしまう。
グレアム「い、いいから、それよりも先に進もう!」
○○「あ……待ってくださいっ」
急ぎ足で歩き出したグレアム君を追いかけて、また先へ進んだのだけれど……
グレアム「あっ、これはもしかして不正解…―」
動揺によるものなのか、グレアム君が謎解きの答えを間違えてしまった。
すると…―。
(え……後ろの入り口が……!)
ガラガラと音を立てて、後方の入り口が塞がれてしまう。
グレアム「くっ……。 駄目だ。もう時間制限にも引っかかってしまいそうだし……」
○○「あ……」
グレアム君が悔しげに唇を噛みしめた時、その隣に不思議な突起があるのを見つけた。
洞窟の壁が、少しいびつにせり出している。
○○「これは、なんでしょうか……?」
グレアム「え?」
不思議に思い触れてみた瞬間、洞窟内部に地鳴りのような音が響いて……
グレアム「うわあああっ……! 危ない! 危な……っ、く、ない……?」
目の前に、突如として道が開かれた。
外のライトがまばゆく光り、脱出が成功したことを指し示す。
○○「成功……?」
グレアム「これは……つまり、脱出方法は何通りもあるということか」
(脱出成功……)
少し冷たい外の空気を吸うと、体に走っていた緊張も解けていって…―。
(よかった……!)
安堵感が込み上げ、私は思わずグレアム君の手をぎゅっと握りしめた…―。
○○「でもつまり、無事に脱出できたんですね!」
グレアム「う、うん……」
グレアム君はそんな私に驚いた様子で、小さく頷いた。
○○「怖いところもたくさんあって、謎も深くて……本物の探検のようで。 グレアム君の作品のアトラクション……すごいです!」
感情のままにそう伝えると、彼の頬が赤く染まる。
グレアム「ま、まあ……そうだね」
コホンと一つ咳払いをすると、グレアム君はぎゅっと私の手を握り返して……
グレアム「この天才ミステリー作家たる俺に、解けない謎はない」
そんなふうに格好よく言ってのけて、すました顔で胸を張った。
(なんだか今日一日で、グレアム君のいろんな顔を見られた気がする)
そのことが嬉しくて頬が緩むと、グレアム君は少しだけムッとした顔になる。
グレアム「何か言いたいことでも?」
○○「いえ、ふふっ。嬉しかっただけです!」
グレアム「っ……そうか」
高揚した気持ちに、私の頬も火照り始める。
グレアム「よし、この調子で新作執筆だ!」
○○「はい! またアトラクションにもなるといいですね!」
グレアム「ああ……その時にまた何かが起こっても、俺がいれば大丈夫だから」
改めて互いの手を握り直し、私達は笑い合う。
空は少し白んで……まもなくビートン・フィルムパークに夜明けが訪れようとしていた…―。
おわり。