森の木々達が不安そうにざわめいている…ー。
盗賊「今日は逃げられねぇぜ。観念しな」
男達は、不敵な笑みを浮かべながら私達に近寄って来る。
盗賊「街の噂で聞いたぜ。今、城にトロイメアのお姫様が来てるって。 あんたが、そうだろ? ちょうどいい。あんたも金になりそうだ」
盗賊達が、舐めるように私を見てくる。
(怖い……)
震え出した私の手に、ハクさんの大きな手が重ねられた。
ハク「……大丈夫だ」
ハクさんの落ち着いた声と手の温もりが、私の恐怖を和らげてくれる。
ハク「ここから、動くな」
私にそう囁いた、その瞬間……
○○「……!」
ハクさんが短剣を抜き、盗賊達に風のような速さで向かっていった。
盗賊1「……!」
盗賊達は慌てて剣を抜くが、ハクさんの素早い身のこなしについていくことができない。
(すごい……)
あっという間に、ハクさんは盗賊の首領と思われる男を追い詰める。
ハク「お前達など、今までどうでもよかったが。 俺は今……機嫌が、悪い。二度と近づくな」
短剣の切っ先を盗賊の顎に向けて、ハクさんが冷たく言い放つ。
ハク「返答次第では……斬るが」
盗賊1「わ……わかった……」
首領を押さえられ、盗賊達は散り散りに逃げて行った。
ハク「……」
ハクさんは静かに剣をおさめた。
ハク「……大丈夫か」
ハクさんは、私に優しい声をかけてくれる。
○○「ハクさん……すごいですね」
思ったことを正直に口にすると……
ハク「……そうか?」
ハクさんは、少し照れくさそうに頭を掻いた。
○○「守ってくれて、ありがとうございます」
ハクさんの手の温かさを思い出しながら、私は笑顔でお礼をした。
すると…ー。
ハク「……」
(えっ……)
ハクさんの顔が、私に近づいてくる。
○○「……っ!」
息がかかってしまうかと思うくらいにお互いの顔の距離が縮まり、私の胸が急速に高鳴っていく。
(キス、される……?)
すると……
ハク「……」
ハクさんは、急に顔を背けた。
ハク「城へ、戻るぞ」
○○「……はい」
蚊の鳴くような声で返事をする私に背を向け、ハクさんは歩き出す。
火照る頬を押さえて彼の背中を見つめるけれど……
(ハクさん……?)
ハクさんが何を考えているのかは、わからなかった…ー。
城へ戻る途中、私達は一言も言葉を交わさなかった。
沈黙が続いたまま、城の廊下を歩いていた時……
ハク「……」
突然、くるりとハクさんが振り返って私の腕を引いた。
そのまま、ハクさんの顔が近づいて……
(……!)
柔らかい感触を、唇に感じた。
(今……?)
何が起こっているのかわからないまま、胸の音だけが大きく鳴り響く。
ハク「……この気持ちは何だ」
○○「……っ」
ゆっくりと唇が離れ、ハクさんがつぶやくように言葉を紡ぐ。
ハク「お前に触れたい、と思うようになった。 お前が誰かに傷つけられるのも嫌だ」
ハクさんが私の頬にそっと手を触れる。
○○「ハクさん……?」
私の頬を包む大きな手の熱が心地よくて…ー。
ハク「お前がつくったクッキーが好きだ……でも、それとは違う感じだ。 それよりももっと……熱い」
そして再び、口づけが落とされる。
○○「ん……っ」
ハク「……嫌だったか?」
顔を離したハクさんが、不安げに私の顔を覗き込んだ。
(嫌……じゃない)
○○「……」
恥ずかしさで顔をうつむかせながら、私はゆっくりと首を横に振った。
ハク「じゃあ、お前も俺と同じ感情なのか? ……俺は、お前に触れていたい」
○○「私は……」
ハクさんの瞳から目がそらせない。
ハクさんに感情が芽生えたことが、嬉しい。
それが、私に向けられている感情であることが、この上なく嬉しい。
○○「私も、同じ気持ちです……」
うるさいくらいに鳴り響く胸の鼓動を抑えながら、なんとか言葉を紡ぎ出した。
ハク「……そうか」
ハクさんはそう言って、私を大きな腕で抱きしめた。
薄茶色の長い髪がさらりと揺れて、私の頬をくすぐる。
ハク「これが、愛するという気持ちか」
(愛する……)
彼の胸にそっと顔を寄せると、頭が優しく撫でられる。
ハクさんに包みこまれて、胸が温かな感情で満たされていく…ー。
(幸せだな……)
(ハクさんも今、私と同じ気持ちなのかな……)
そっと瞳を閉じると、少し早い彼の鼓動が響く。
(そうだといいな……)
窓から吹き込む甘やかに香る風を感じながら、彼を強く抱きしめた…ー。
おわり