月SS 抗えぬ想い

月が輝く夜、私は中庭で剣術の稽古に勤しんだ。

誰もいない中庭で、剣を振るう音が辺りに響く…-。

ジーク「……!」

一心不乱に剣を振るっていたせいか、気がつくと首筋に一筋汗が流れていた。

懐中時計を見ると、剣を振るってからすでに数時間も経っている。

(こんなにも時間が経っているとは……)

白い吐息が夜空にふわりと浮かび上がる。

一心不乱に練習に打ち込んでしまった理由は、わかっていた。

(私は、なぜあのようなことを言ってしまったのだろう……)

―――――

ジーク『これ以上、あなたに触れると……たとえあなたの気持ちを無視しても。 昨日のように抱きしめて、そしてこの腕の中から二度と離したくないと思ってしまう。 なので……しばらく、あなたと距離を取りたいのです』

―――――

思い出すと、頬がじわりと熱くなっていくのがわかる。

(プリンセスの前だと、今までの私ではなくなってしまいそうだ)

頭に過ぎる邪念を払うべく、私は剣を振りかざした。

(騎士たるもの、常に女性を守らなければならないのに……)

(私は、プリンセスの華奢な体を……)

(このままだと、壊れるほど強く抱きしめてしまいそうだ……!)

彼女のことを考える度に、その思いが膨れ上がっていく。

ジーク「……っ!」

その思いを振り払うように、私はさらに剣を振り続けた。


……

それから私は、腕に感覚がなくなるまで剣を振るい続けた。

(少し冷静にならなくては……)

ひと休みをし、私は噴水へ向かい縁に腰をかけた。

水面に映る自分の顔をふと見ると……

ジーク「……!」

一瞬だが、水面に映ったその顔は、自分の顔でないように見えた。

(今のは……)

それは迷い犬のように頼りない顔にも見え、獰猛な獣のように恐ろしい顔にも見えて……

ジーク「……もしかして、私の心を映したのか!?」

(私の中に、私ではない生き物が住んでいるようだ)

すべてを洗い流すかのように、私は噴水の水で顔を洗った。

(こんな私を知ったら、きっとあの方は失望するでしょう)

髪から滴り落ちる水滴を見ながら、私は深いため息を吐いた。

(騎士たるもの……情けない)

心を律する――そう決めたはずなのに…-。

……

けれど……

〇〇「触れて……欲しいです」

プリンセスの潤んだ瞳が、私を射抜く。

私の手に彼女の手がそっと重ねられた。

ジーク「……!」

〇〇「ジークさんに抱きしめられて嬉しいと思う私は……あなたの乙女失格でしょうか……?」

(失格だなんて……愛しい人……!)

胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

私はそれに抗うことができず…-。

姫を抱き寄せて、その体を強く抱きしめた。

(ああ、私はやっぱり自分を律することができない……)

(あなたの前では、未熟者だ)

その瞬間、私の抑えていた感情がとめどなく溢れてくる。

(私ですら見たことのない私を、姫に見せてしまうかもしれない……)

私は、そんな夜を覚悟した…-。

 

 

おわり。

 

 

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