〇〇と寄席の噺を楽しんだ後…-。
凍哉「あー、もう一年分くらい笑った気分だよ」
〇〇「強張ってた顔も、だいぶほぐれてきましたか?」
凍哉「うん、触ってみる?」
高揚する気持ちのままに誘ってみれば、彼女はおずおずと手を伸ばした。
凍哉「いい感じでしょ?」
〇〇「そ、そうですね……」
(少し大胆すぎたかな……?)
戸惑いながらも、嫌がったそぶりではないことにほっと安心する。
凍哉「思いきり笑ったから、お腹すいちゃったね」
〇〇「確かに……もう日が暮れてきましたもんね」
(え……?)
彼女の言葉に、空を仰ぐ。
橙色に染まっていた空が藍色のグラデーションを帯び、夜の帳が落ちようとしていたけれど……
(まだ、君と一緒にいたい)
凍哉「せっかくここまで足を伸ばしたことだし……。 〇〇のこと、まだ帰さなくていい?」
考えるよりも前に、そんなことを言ってしまっていた。
(あ……)
彼女は小さく驚いて、頬を赤く染める。
(……きっと、俺も同じ顔になってるんだろうな)
その時、冷たい風が俺の頬を撫でた。
(春が来たって言っても……夜はまだ冷えるな)
(そうだ)
誘いたい場所を思いついて、俺は彼女に声をかけた。
凍哉「もしよければ、夕食も一緒にどうかな?」
〇〇「はい……喜んで」
(よかった……まだ君といられる)
胸を弾ませながら、俺は彼女の手を引いて街を歩いた。
彼女を連れて来たのは、老舗の湯豆腐屋だった。
(これであったまってくれたらいいんだけど)
鍋からは、ぐつぐつと具が煮立っている音が聞こえる。
〇〇「わあ、おいしそうですね」
鍋の蓋を持ち上げると、立ち込めた湯気の間からおいしそうな豆腐が覗いた。
さっそく食べようと、さじですくうと……
〇〇「熱っ……」
彼女の声が聞こえて、慌てて顔を向ける。
凍哉「〇〇、大丈夫?」
返事をしたそうに必死に口を動かすけれど、言葉に全然なっていなくて……
凍哉「く……」
(駄目だ、かわいい……)
凍哉「もう……なんでそんなに、いちいちかわいいのかな? 大丈夫?火傷してない?」
〇〇「は、はい……」
恥ずかしそうに頬を染める彼女を見ていると、愛しさが芽生えてくる。
凍哉「ほら、冷ましてあげるよ」
湯豆腐をすくい、息を吹きかけて冷ましてから彼女に差し出した。
凍哉「慌てないで、ゆっくり食べてね?」
おずおずと小さく開かれた口に、そっとさじを運ぶ。
〇〇「おいしい、です……」
凍哉「……よかった」
…
……
そうして、食事が落ち着いた後…-。
凍哉「今日は久しぶりに、腹の底から笑ったよ」
〇〇「私もです。やっぱり、思いきり笑えるっていいですね」
凍哉「うん……そうだね」
彼女の言葉に、笑うことを我慢していた今までのことを思い返す。
(思いきり笑うことは、気持ちがいい……それを耐えることは辛い)
凍哉「でも、蓬莱で冬を守ることが俺の務めだから。 俺はこの国で、役目を果たせることを嬉しく思うよ。 季節と共に……命は巡るものだから」
寒い冬があるからこそ、暖かい春がいっそう輝く。
(きっとこのために、笑いを耐える時間は存在している)
(君と冬を過ごし、春を迎えたからこそ……改めて確認することができた)
〇〇は、真剣な面持ちで俺の話を聞いてくれていた。
(おっと……せっかくの場なのに、少し真面目な話をしすぎちゃったかな)
凍哉「それにね、笑っちゃいけない暮らしも、けっこうスリルがあって楽しいよ」
おどけてみせると、彼女も笑顔を見せてくれた。
〇〇「ふふ、そうでしょうね……」
(君と過ごしていると、こんなにも穏やかに時間を過ごすことができる……)
凍哉「〇〇……。 季節は巡る。また冬が来て、笑えなくなっても、俺は……。 君を想うたび、幸せな気持ちになれるよ」
重ねた手のひらを、彼女はぎゅっと握り返してくれる。
(ありがとう……〇〇)
〇〇「私も……凍哉さんを想うだけで、笑顔になれます」
(っ……!)
衝動のままに、彼女に向って手を伸ばす。
顎先に手をかけ、そっと上向かせた。
凍哉「それじゃ……冬の間は、俺の代わりに君が笑ってくれる?」
〇〇「はい、たくさん笑います」
凍哉「なら……俺もつられて笑わないよう、気をつけないと」
(どんな季節も……君と一緒に過ごせれば)
ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねる。
凍哉「こうしていれば、温かいね……」
彼女を抱き寄せ、その熱を感じる。
巡る季節の中……彼女と出会えたことを、俺は心から幸せだと思った…-。
おわり。