寄席の噺を凍哉さんと楽しんだ後…-。
凍哉「あー、もう一年分くらい笑った気分だよ」
そう言いながら、凍哉さんは満足そうに自分の頬をさする。
〇〇「強張ってた顔も、だいぶほぐれてきましたか?」
凍哉「うん、触ってみる?」
(えっ……)
凍哉さんは私の手を取ると、自分の頬にそっとあてがう。
たくさん笑ったせいか、凍哉さんの頬は微かに熱を帯びていた。
凍哉「いい感じでしょ?」
〇〇「そ、そうですね……」
少し触れただけなのに、心臓が騒がしく音を立てる。
(突然で驚いちゃった……)
凍哉「思いきり笑ったから、お腹すいちゃったね」
〇〇「確かに……もう日が暮れてきましたもんね」
凍哉「せっかくここまで足を伸ばしたことだし……。 〇〇のこと、まだ帰さなくていい?」
(え……?)
そんなふうに言われ、頬に熱が集まる。
凍哉「もしよければ、夕食も一緒にどうかな?」
〇〇「はい……喜んで」
私は凍哉さんを見つめ、頷くようにそっと顎を引いた。
賑やかな寄席を楽しんだ後……
凍哉さんの行きつけだという、老舗の湯豆腐屋さんに連れて来てもらった。
〇〇「わあ、おいしそうですね」
鍋の蓋を開けると、上品な昆布だしがふわりと香った。
湯気の立つ豆腐を器に取り、さじですくって口元へ運べば……
〇〇「熱っ……」
思った以上に熱々で、舌先を火傷しそうになってしまった。
凍哉「〇〇、大丈夫?」
どうすることもできず、私は口元を押さえて豆腐を食べ続ける。
(返事しなきゃ……)
そう思うのに、熱々の湯豆腐を飲み込むことができず、もごもごと口を動かしていると……
凍哉「く……」
凍哉さんが、こらえきれないように吹き出した。
凍哉「もう……なんでそんなに、いちいちかわいいかな?」
(え? 今、かわいいって……)
凍哉「大丈夫? 火傷してない?」
〇〇「は、はい……」
凍哉「ほら、冷ましてあげるよ」
(えっ……)
凍哉さんは湯豆腐をすくい、ふうふうと息を吹きかけて冷ましてくれる。
(こういうのって、なんだか……)
凍哉「慌てないで、ゆっくり食べてね?」
ひどく照れながらも、控えめに口を開くと……
凍哉さんが、私の口元にそっとさじを運んでくれる。
〇〇「おいしい、です……」
凍哉「……よかった」
春が来たとはいえ、まだ夜は少し肌寒い。
こたつに入って湯豆腐の鍋を囲みながら、凍哉さんと微笑みを交わす。
(なんだか、ほっこりしちゃうな……)
凍哉さんが笑うと、胸の奥まで温かなものが染みわたる。
(これも凍哉さんの力? それとも……)
凍哉「今日は久しぶりに、腹の底から笑ったよ」
〇〇「私もです。やっぱり、思いきり笑えるっていいですね」
凍哉「うん……そうだね」
そう言った後で、凍哉さんはふっと真顔になる。
凍哉「でも、蓬莱で冬を守ることが俺の務めだから。 俺はこの国で、役目を果たせることを嬉しく思うよ」
(凍哉さん……)
凍哉「季節と共に……命は巡るものだから」
凍哉さんに与えられた役目は、とても大切なものだった。
凍哉「それにね、笑っちゃいけない暮らしも、けっこうスリルがあって楽しいよ」
私を見つめ、凍哉さんがおどけてみせる。
〇〇「ふふ、そうでしょうね……」
(凍哉さんなら、笑えない日々にも楽しみを見つけられるんだろうな)
凍哉「〇〇……」
こたつの上に置いていた手に、優しい温もりが重なった。
凍哉「季節は巡る。また冬が来て、笑えなくなっても、俺は……。 君を想うたび、幸せな気持ちになれるよ」
(凍哉さん……)
手のひらを重ね、凍哉さんの手をぎゅっと握り返した。
〇〇「私も……凍哉さんを想うだけで、笑顔になれます」
凍哉さんは片手を差し出し、私の顎先をそっとすくう。
凍哉「それじゃ……冬の間は、俺の代わりに君が笑ってくれる?」
〇〇「はい。たくさん笑います」
凍哉さんはふっと目を細め、ゆっくりと私の顎先を引き寄せた。
凍哉「なら……俺もつられて笑わないよう、気をつけないと」
二人の想いを確かめるように、重なる唇……
凍哉「こうしていれば、温かいね……」
凍哉さんが私の肩の腕をまわし、優しく抱き寄せる。
私は凍哉さんの肩に頭を乗せ……
温かなこたつの中で、いつまでも寄り添い合っていた…-。
おわり。