大事な儀式を終えて、凍哉さんの表情は晴れ晴れとしていた。
凍哉「これでしばらくは、心置きなく笑えるかな」
また冬が来るまでの間は、凍哉さんも自由に笑うことが許される。
〇〇「凍哉さん、お疲れ様でした」
凍哉さんは私を見つめ、にこやかに頷いてくれた。
凍哉「儀式ではありがとう。なんだかんだ言って、君には助けられてばかりだ」
(嬉しいな。凍哉さんから、笑顔でお礼を言ってもらえるなんて)
(ずっと凍哉さんの不機嫌な顔しか見ていなかったから……)
人懐こい笑顔を向けられ、思わず目を瞬かせてしまう。
凍哉「あ、そうか……まずは謝らなきゃ」
そんな私に気づき、凍哉さんははっとしたように目を見張る。
凍哉「今までずっと、無愛想でごめんね」
凍哉さんは私を見つめ、ばつが悪そうに口を開いた。
凍哉「君は俺を気にかけてくれていたのに……随分、気を悪くさせたと思う」
〇〇「いいえ、気にしないでください。事情はちゃんと教えてもらえましたし。 それに……無愛想だった時の凍哉さんも、優しい方だってわかっていましたから」
そう伝えると、凍哉さんはほっとしたように息を吐いた。
凍哉「君のおかげで、無事に冬を送ることができた。 もう一度、ちゃんとお礼をさせてくれないかな?」
〇〇「そんな、お礼なんて……」
遠慮する私を見て、凍哉さんは何か思いついたように、ぽんと手のひらを打つ。
凍哉「いいことを思いついた」
(いいこと……?)
凍哉「冬の間、ずっと笑ってなかったから、まだ少し顔が強張っちゃって。 よかったら、これから俺の気晴らしに付き合ってくれる?」
凍哉さんに誘われて、二人で向かった先は……
春の訪れにひときわ華いだ、雅なる古都だった。
凍哉「春になったら、寄席に行って思いきり笑いたかったんだ」
〇〇「寄席ですか。楽しそうですね」
凍哉「人気の噺家がたくさん出るから、君も気に入ると思うよ」
寄席へ足を踏み入れると、皆の賑やかな笑い声に包まれた。
噺家が順番に出て来て、面白い小話をしてくれる。
凍哉「今の噺、最高だなあ」
隣を見れば、凍哉さんが大きく口を開けて、楽しげに笑っている。
(凍哉さんは、これまで長い冬をどう過ごしてきたんだろう……?)
笑顔を封じ、凍てつく冬を一人静かに見守ってきた凍哉さんを思う。
(春が来て、凍哉さんが心から笑えてよかった……)
凍哉「〇〇、楽しんでる?」
〇〇「はい、すごく楽しいです」
凍哉さんの笑顔を見ると、心の中で小さな蕾がほころぶ。
彼に抱いた秘かな恋心は、いつのまにか私の胸いっぱいに咲いていたのだった…-。