蓬莱の国に春が訪れ、暖かな風が流れている…―。
○○を花畑へと連れ出し、腰を下ろした。
(ここからは、よく星も見える……)
ついこの間まで一面雪で覆われていた景色は、今は春の色で鮮やかに華やいでいる。
(あの時は蕾すら膨らんでいなくて)
(随分と愛憎の悪い態度しか取れなかった)
○○と出会った時のことを思い返していると、苦笑が漏れる。
凍哉「でも、冬の間は君に笑いかけることもできないし。 俺と一緒にいても、君を楽しませてあげられないから……」
○○「そんなこと……私、凍哉さんといる時は、いつも楽しかったですよ?」
(……え?)
○○「私にとっては、どれも大切な冬の思い出です」
(……そういえば、いろんなことがありすぎて、笑うのを我慢するのが大変だったな)
その時々で、彼女が必死に俺を支えてくれようとしていたことを思い出す。
(君がいてくれたから……)
顔に、熱が集めっていくのがわかる。
凍哉「君って、本当にお人よしだよね。 でも、どうしてかな……君の隣は、居心地がいい」
誤魔化すように憎まれ口を叩いてみても、本音が口から出てしまう。
(君に話したいことがたくさんあるんだ)
笑えなかった時間を取り戻すように、俺は言葉を紡いでいった…―。
…
……
それから、しばらく…―。
とにかく彼女と楽しい話を共有したくて……
気づけばいろんなことを語りつくしていた。
(どうして、君といるとこんなにも楽しいだろう)
ふと頭に浮かんだ疑問を、自分自身に投げかけてみる。
(ああ、そうか…―)
溢れる気持ちに促されるように、ゆっくりと腰を上げる。
そして、ゆっくりと彼女を方を向いて……
凍哉「俺の話で君が笑うと、胸がくすぐったくなるくらい嬉しくて。 もっと笑わせたい、君の笑顔を見たいって……」
高揚する気持ちが、随分と俺を饒舌にする。
凍哉「……もしかして、俺は君のために芸人になるべきなのかな?」
大真面目にそう言うと、彼女は小さく噴き出してしまった。
○○「凍哉さんは、そのままで充分楽しい人です」
(楽しい……か)
彼女の言葉、頭の中で繰り返す。
(俺は、君を困らせてばかりだったな)
凍哉「……君は、楽しい人が好き? ○○は、どんな人に惹かれる?」
今まで饒舌に話していたのに、声がなぜだか少し固くなってしまった。
○○「……それは」
凍哉「……」
沈黙が、俺が胸をざわめかせる。
けれど、俺はただ○○の言葉を待った。
○○「私……」
彼女はまっすぐ俺を見つめ、言葉を選ぶように話し出した。
○○「冬の間は不愛想でも、本当は優しくて……。 春は笑顔で、楽しい凍哉さんに惹かれています」
(君は……)
欲しかった言葉をもらって、頬がほころんでしまう。
(まずい、暖気を呼び込み過ぎてしまうかもしれない)
(そのぐらい、嬉しい……)
心を引きしめようとするけれど、温かな気持ちが溢れて止まらなくて……
(きっと今、だらしない顔をしているはずだ)
凍哉「……どうしよう」
○○「え?」
凍哉「あんまり嬉しくて、顔が勝手に……」
(ああもう、言ったそばからだ……)
頬に手をあて、浮かれた気持ちを持て余す。
凍哉「元に戻らない……どうしよう、○○? このままじゃ、明日には夏が来てしまう」
○○「えっ、大丈夫ですか……!?」
心の中で深く息を吐いて、自分自身を落ち着ける。
(ここで信じちゃうなんて、かわいいなぁ)
凍哉「……冗談だよ」
そして俺はそっと、覗き込んできた彼女の頬に口づけを落とした。
○○「!」
(ふふ、驚いてる)
凍哉「こうしたら、元に戻るかと思ったけど。 駄目だな。驚いた君がかわいくて、ますます笑顔になっちゃったよ」
○○「凍哉さん……!」
しばらく呆然としていたけれど、やがて彼女は笑顔になって……
○○「笑顔のままで、大丈夫です……。 次の冬が来るまで、ずっと笑顔でいてください」
彼女の言葉は、この国に吹いた春風のように暖かい。
凍哉「そうだね……でも。 そのためには、もっと君が必要だ」
(冬の間は笑顔になることができなくても……)
(君が傍にいれば、この温もりがあればきっと大丈夫だ)
月明かりの下、お互いの熱を分け合うように、ゆっくりと唇を重ねた…―。
おわり。