儀式が終わり、蓬莱の国にもようやく春が訪れた。
(冬の景色も、すごく綺麗だったけど……)
(この国は春も、とても綺麗だな)
庭園を散歩しながら、足元で咲く花に心を和ませる。
凍哉「○○、ここにいたんだね」
出会った頃の不愛想とは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべた凍哉さんが、私も元へ歩み寄る。
○○「凍哉さん、どうかしましたか?」
凍哉「今日は、君を案内しようと思ってね」
○○「凍哉さんがですか……?」
凍哉「君には随分、世話になったから。 冬景色を落とした後の、この国を君に見せたい」
(凍哉さん……)
(そう思ってくれるなんて、嬉しいな)
○○「はい……!」
私は凍哉さんに連れられて、蓬莱の国を巡ることになった。
○○「蓬莱の国は、どこへ行っても美しいですね」
目にするものすべてに、長年の伝統に培われた形式美が感じられる。
凍哉「冬が長いぶん、室内の意匠には気を配ってるね。 冬の間は、深い雪に埋もれてしまうこの国だけど……。 厳しい季節にも、生きる喜びや楽しさも見い出せる。 それは、街の皆の心が豊かだからなんだ」
凍哉さんは愛しげに目を細め、美しい古都を見渡した。
(長い冬の間、笑うことを禁じられても耐えられるのは……)
(凍哉さんが、街の人の幸せを願っているからなんだな)
男性「凍哉様! 先日の儀式ではありがとうございました」
儀式の後の一件で、凍哉さんの力が皆に知れることとなった。
女性「これからは、突然冬から春になっても驚いたりしませんよ! 王子に楽しいことがあったんだと思えば、私達も嬉しい気持ちになれますから」
凍哉「ありがとう、皆……」
凍哉さんは皆に向かって、穏やかな笑みを向ける。
(冬を見守る凍哉さんの役目は、とても大切なものだけど)
(これからは、少しでも凍哉さんの心が軽くなるといいな)
街の人と笑い合う凍哉さんを、私は隣でそっと見つめていた…―。
太陽が西に傾き、夕闇が迫り始める頃……
○○「もうこんな時間……楽しくて、一日があっという間でした」
凍哉さんの案内で、蓬莱の名所をたくさん案内してもらった。
凍哉「俺もだよ。こんなに穏やかな気持ちで過ごせたのは久しぶりだ」
○○「冬の間、楽しいことがあっても笑いをこらえる日々でしたしね」
そう言うと、凍哉さんが困ったように眉尻を下げた。
凍哉「特に儀式の前は、何度も君に笑わされそうになって危なかった」
○○「すみません、そんなつもりじゃなかったんですけど……」
凍哉さんがくすっと肩をすくめる。
凍哉「もちろん、あれは君が俺を助けてくれたんだってわかってる。 それに、俺が笑いそうになったのは……。 あの時の君が、なんてかわいいんだろうと思ったからだよ」
(え……?)
思わぬ言葉に、胸が甘く鼓動を打ち始める。
凍哉「あの時のお返しに、今度は俺が君をたくさん笑わせる番だね」
優しく微笑む凍哉さんが、私に向かって手を差し出す。
(凍哉さん……)
遠慮がちに取ったその手は、いつか触れた時よりもずっと温かなものだった…―。