―――――
凍哉『今度また、俺を笑わせるようなことをしたら……お仕置きだからね』
―――――
その翌日、ついに儀式の日になって…-。
凍った湖に立ち上る氷柱が、その先の祠へ導くように続いている。
(これが、『神渡りの儀式』……)
凍哉「……」
儀式に参列し、凍哉さんはさらに表情を硬くする。
(凍哉さん、大丈夫かな……)
国王「トロイメアの姫も、我らと共に祈りを捧げてもらえませぬか?」
凍哉さんと並んで立つと、巫女から杯に入ったお酒を手渡される。
神官「これは、湖の水を浴びる代わりの儀式です」
神官の説明を聞き、凍哉さんが眉間にしわを寄せる。
凍哉「……まずい」
(え……?)
ふと隣を見れば、硬い顔をした凍哉さんが小声でつぶやいた。
凍哉「酒を飲むと、笑い上戸になってしまうんだ」
(そ、それは大変……!)
〇〇「大丈夫です。凍哉さんは口をつけるだけで、後は私が……」
凍哉「え……?」
神官が後ろを向いたのを見計らい、私は凍哉さんの分も杯を一気飲みした。
凍哉「!」
〇〇「……っ!」
息を止めて飲み干したので、思わずしゃっくりが出てしまう。
神官「……はて、なんの音ですかな?」
慌てて口元を抑えるも、お神酒を一気飲みしたせいで、じわりと頬が火照り始めた。
凍哉「く……」
耐え切れず、凍哉さんが目尻に笑みを浮かべると……
瞬く間に足元の氷が溶けだし、水が染み始める。
(氷が溶けたら、祠に渡れなくなる……!)
〇〇「笑っちゃ駄目です。あと少しですから……!」
凍哉さんはこくこくと頷き、必死に口元を押さえて顔を背ける。
凍哉「やっぱり、君といると駄目だ……」
笑いをこらえながらも、どこか優しい声が届いた…-。
禊の後、神の道を渡って代々の王家が守る聖堂に入った。
神聖な静寂の中、儀式は厳かに進む。
凍哉「……」
聖堂の中でも、凍哉さんは笑いをこらえるように、顔を背けていた。
〇〇「凍哉さん、どうしたんですか?」
声をひそめ、隣の凍哉さんに問いかける。
凍哉「……あの神官、100年に一度の儀式であがってるみたいで、さっきから何度も台詞を噛んでる」
(凍哉さんってもしかして、本当は簡単に笑っちゃう人……!?)
〇〇「だ、だからって、笑っちゃ駄目です」
凍哉「あ、また噛んだ……」
(凍哉さん……!)
今度こそ笑いそうになった凍哉さんの袖を、慌ててぐいと引く。
〇〇「ここで笑ったら、今までの苦労が台無しになってしまいますよ?」
凍哉「うん……そうだね」
凍哉さんは居住まいを正し、静かに呼吸を整える。
(ああ、危なかった……)
儀式の間、私は凍哉さんが笑いそうになるたび。必死に止め続けたのだった…-。
…
……
その後、神渡りの儀式は無事に終了し……
国王「これで後の100年も、蓬莱に祝福がもたらされよう!」
皆が湖を渡り切り、大地に足を着けた、その後……
(つ、疲れた……)
凍哉さんを笑わせないよう気を張っていた私は、深い息を吐き出した。
すると……
凍哉「……ふふっ」
不意に、頬に凍哉さんの冷たい手が添えられ、顔を覗き込まれる。
〇〇「あ、あの……?」
ふっと彼の澄んだ目が細められると、微かに暖かなそよ風が吹いて……
凍哉「……ありがとう、〇〇」
柔らかな笑顔を見せられて、胸がトクンと音を立てる。
凍哉「けど……」
次の瞬間…―。
神官「は~っ……ヒヤヒヤした……」
神官さんの気の抜けた声が聞こえてきたかと思うと、凍哉さんが、こらえきれないように吹き出す。
凍哉「……駄目だ。ねえ、もういいよね……!」
すると……
雲間から陽光が射し込み、冷えていた指先から優しい光の粒に包まれる。
〇〇「暖かい……」
緩やかな春風と共に、雪原へ暖気が舞い込んでくる。
分厚い氷に割れ目が走り、澄み切った湖面が現れた…-。