賑やかな春待ち宴から、一夜明け…-。
(凍哉さん、あれから体調はどうだろう?)
気になった私は、思い切って凍哉さんの部屋を訪ねた。
凍哉「……何?」
昨夜と変わらず、無愛想な面差しに出迎えられる。
〇〇「夕べ、あまり宴を楽しめてなかったようなので」
昨夜の凍哉さんは、一滴もお酒に口をつけず、盛り上がっていた踊りすら、目を閉じて見ようともしなかった。
〇〇「毎日寒いですし、体調を崩したりしていないかなって……」
心配して尋ねると、凍哉さんはためらうような視線をこちらへ流し……
凍哉「夕べの……」
〇〇「え?」
何かを思い出したかのように、凍哉さんが視線を彷徨わせる。
気を取り直すように一泊おいて、再び口を開いた。
凍哉「夕べ……転んだ時、怪我しなかった?」
素っ気ない物言いではあるけれど……
気にかけていてくれていたことがわかり、凍哉さんの優しさを感じて嬉しくなる。
〇〇「実は、まだ少し痛みが残ってて……」
凍哉「……派手に転んだもんね」
〇〇「でも大丈夫です。少し転んでしまっただけなので」
凍哉「……そう」
少しほっとした様子で、凍哉さんがつぶやいた。
〇〇「それよりも、夕べは凍哉さんの様子が気になっていたんです」
そう打ち明けると、凍哉さんはわずかに目を見張り、ふっと息を吐いた。
凍哉「……そんなに心配なら、一緒に来れば?」
防寒具を身にまとい、凍哉さんと共に雪原へとやって来た。
一面の雪景色ではあるものの、頬を撫でる風はどこか柔らかい。
〇〇「この辺りは、少し暖かいですね」
凍哉「春を司る、桜花の領と近いから」
(春の領と……そうなんだ)
〇〇「凍哉さん、あまり外にいない方が……体に障ってしまいます」
凍哉「……大丈夫だよ」
心配する私に、凍哉さんがほんのわずかに口元をほころばせる。
(凍哉さんが笑った……?)
その時……
柔らかな春のそよ風が、私の頬をふわりと撫でた。
(え……?)
ふと見れば、凍哉さんの足元の雪が解けだし、見る間に草が芽吹き始める。
〇〇「どうして……?」
(まるで、凍哉さんの周りにだけ、春が訪れたような……)
どこからか小鳥が飛んできて、凍哉さんの肩にと留まった。
凍哉「……」
小鳥を見つめる凍哉さんの瞳が、ふっと優しく細められる。
〇〇「凍哉さん、これは……」
私が声をかけた瞬間……
〇〇「……!」
凍哉さんの瞳が、凍てつく真冬の色を帯びた。
すると、周囲は再び冷たい寒気に包まれる。
凍哉「……」
凍哉さんの足元に霜が落ち、小鳥は慌てたように空へ飛び立つ。
(どういうこと?また寒くなって……)
凍哉さんの表情一つで、移ろう季節に驚く。
凍哉「これでわかった? 俺が少しでも笑えば、暖気を呼び込み、この国に春が訪れる。 でも、今年は100年に一度の儀式が行われるから……。 それまで俺は、決して笑うわけにはいかないんだ」
(楽しいことがあっても、笑ってはいけないなんて……)
〇〇「凍哉さん、笑えなくて辛くはないですか……?」
凍哉「……笑わなければいいだけだから、平気」
(口で言うのは簡単だけど、すごく難しいことなんじゃ……?)
凍哉「俺が笑えない理由は、これでわかった?」
〇〇「ええ、でも……どうして凍哉さんだけが?」
凍哉「さあね。蓬莱の王族は、不思議な力を持って生まれることもあるけれど……本当、厄介。 ああ、皆には内緒だよ。知ってるのは身内だけだから」
〇〇「はい……」
凍哉「わかったなら、君が心配することじゃない」
目も合わせぬまま、凍哉さんにぴしゃりと突き放されてしまう。
凛とした彼の横顔が、なんだか少し寂しそうに見えた…-。