陽影さんを追いかけて、たどり着いたのは……
(海……?)
砂浜の大木に座る陽影さんは、じっと打ち寄せる波を見つめていた。
〇〇「陽影さん」
砂に足を取られながら彼の元へと歩いていく。
陽影「……〇〇」
陽影さんはほんの少しだけ私の方に視線を送ると、再び海を見つめる。
〇〇「隣に座ってもいいですか?」
陽影「そんなの、断らなくていいって。座れよ」
彼の腕を引かれ、隣に腰を下ろす。
陽影「少し海が見たくなってな」
〇〇「陽影さん……」
(こういう時、なんて声をかけたらいいか……)
何も言えずに陽影さんの横顔を見つめていると、視線に気づいたのか、彼は困ったように笑った。
陽影「そんな顔すんなよ」
〇〇「え……?」
陽影「オマエの方が泣きそうな顔してんじゃねーか」
〇〇「っ……!」
陽影さんは私の額を軽く指で弾いて、笑い出す。
陽影「わかってんだ。毎年こうやって学校に上がっていくんだから。 別にこれで一生お別れってわけじゃねーし」
〇〇「はい……」
陽影「けどな。明日から先生先生ってまとわりついて来るヤツらがいなくなるって思うと、なんとも……。 毎回毎回、そのたびに寂しくなってるなんて、オレも進歩ねーな」
〇〇「……寂しいのは当たり前です。 だって陽影さんは、あの子達に一生懸命接していましたから……」
陽影「〇〇……」
肩に心地よい重みが訪れる…-。
私の顔のすぐ傍では、陽影さんの髪が風に揺れていた。
〇〇「っ……!」
陽影「悪い、少しだけ肩貸してくれ」
〇〇「はい……」
私の肩に頭を乗せて、陽影さんは海を眺める。
陽影「柄じゃねえよな……けど、やっぱちょっと寂しくて。 なんつーか、こんなカッコ悪いところは見せたくなかったんだけど。 〇〇、オマエすげーな。オレのことなんてお見通しみたいに気づくんだから」
〇〇「そう……ですか?」
陽影「おかげでこんな姿も隠せねーっての」
(それは陽影さんがわかりやすいから……)
(ううん……私が彼をつい目で追っていたから……)
私は恐る恐る、陽影さんの髪に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
陽影「……」
(じっと海を見てる……)
(いつも、こうやって子ども達を送り出してたのかな……?)
なおも陽影さんの髪を撫でながらそんなことを思っていると、彼がわずかに頭を動かす。
〇〇「あ、すみません……」
慌てて手を離そうとしたものの、陽影さんは私の手を掴んで、自分の頭の上に戻した。
陽影「オマエの手、あったかくて気持ちいいな」
〇〇「陽影さん……」
陽影「しばらく、そうしといてくれねーか?」
〇〇「はい」
私は再び、彼の頭を撫でる。
すると……
陽影「……なんか、いい気分だな」
〇〇「え……?」
陽影「アイツらが巣立つのを見届けて、オマエとゆっくり眺めて……。 こういうのも、悪くねーなって思う」
私の肩にもたれる陽影さんがぽつりとつぶやく。
陽影「ずっとこのままでいられたらいいのにな」
〇〇「ずっと……?」
陽影「オマエ、このままここにいろよ。春も夏も秋も冬も一緒にさ」
〇〇「っ……!」
(ずっと……? それって……)
陽影さんの言葉が、私の胸を熱くさせる。
(もしも陽影さんと一緒にいられたら……もっといろんな彼を見られるのかな?)
(こうやって、寂しい気持ちの陽影さんに寄り添ったり……)
(……でも……)
陽影「駄目か?」
〇〇「私……」
自分の中に育つ気持ちと、陽影さんの気持ちが同じなのかわからず、答えに詰まってしまう。
(陽影さんにとって、私は……?)
考え込んでいると、不意に私の頬に柔らかなキスが落とされた。
〇〇「っ……!」
(今のって……)
彼がくれたキスはとても甘く……どこか定まらなかった私の気持ちが少しずつ固まっていく。
陽影「とりあえず桜が咲くまではいてくれ。 まあ、その後オマエのことを帰すかはわかんねーけど」
陽影さんは悪戯っぽく笑うと、立ち上がって海へと向かう。
そして……
陽影「おい、〇〇!足だけ入ってみるか?」
〇〇「はい……!」
彼の後を追って、私は砂浜を走り出した。
(私は、陽影さんと一緒にいたい……)
ようやく形になった想いを胸に、太陽の光を受けて輝く郡青色の海へと足を踏み入れる。
するとその時、私達の前にひとひらの花びらが舞い降りたのだった…-。
おわり。