広場までやって来ると、陽影さんが足を止めた。
(陽影さん、ここに用事が……?)
辺りを見渡すと、大きな木の前に数人の子ども達が集まっている。
彼らの視線の先をたどると、そこには細い枝にしがみついて震える男の子の姿があった。
陽影「オマエ達、何やってんだよ!」
陽影さんが私の手を離し、全速力で子ども達に駆け寄る。
男の子1「陽影せんせい!」
一人の男の子が、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべて彼の名前を呼んだ。
(陽影……先生?)
女の子1「陽影せんせい、たすけて!」
女の子2「あのこ、木登りできるって登って、そしたら降りれなくなったの!」
陽影「何!? おい、オレが受け止めてやるから、飛び降りれるか!?」
木の上の男の子「……」
男の子は枝にしがみついたまま、首を横に振る。
陽影「仕方ねーな。ちょっと待ってろ!」
陽影さんはそう言うと、枝を掴んで登り始め……
いとも簡単に上まで登ると、男の子の体を掴んだ。
陽影「ほら、もう大丈夫だぞ」
木の上の男の子「陽影せんせ~い!」
男の子は陽影さんに抱きつくと、安心したのか大声で泣き始めた。
陽影「ほら、泣くな泣くな。よくここまで登れたな。偉いぞ」
男の子を抱きかかえると、陽影さんは軽々と木から降りてくる。
すると不安そうに気を見上げていた子ども達が歓声を上げて彼の元へと駆け寄った。
男の子2「さっすが陽影せんせい!」
陽影「ったく、心配かけやがって」
陽影さんは泣いてる男の子に目線を合わせると、明るい笑顔を見せる。
言葉は少し乱暴だったものの、その声には優しさが含まれている気がした。
(陽影さんのあんな笑顔、初めて見たかも……)
陽影「〇〇、驚かせて悪かったな」
子ども達の輪から抜けた陽影さんが、私の方へと戻って来る。
〇〇「いえ。あの子が無事でよかったです」
陽影「ああ。ったく、ハラハラさせるぜ」
そう言って子ども達を見つめる陽影さんは、まるで学校の先生みたいだった。
(そういえば……)
〇〇「あの、陽影さん。先生って……?」
陽影「この時期は毎年、子ども達にいろいろと教えてやってるんだ。 最初は暇つぶしっつーか、たまたま海で面倒みたら寄ってくるようになってさ。 子どもってちっこいし、すぐ転ぶだろ?だからあんまり得意じゃなかったんだけど……。 案外丈夫っつーか、オレより元気だしさ。先生って呼ばれんのも悪い気はしねーかなって思って。 まあ……いざ呼ばれてみるとくすぐったい感じだし、いつまで経っても慣れねーんだけどさ」
陽影さんが、照れくさそうに頬を掻いて笑みをこぼす。
〇〇「そうだったんですね」
(なんだか、少し意外な気もするけど……)
陽影「つっても、そんな大げさなもんじゃねーぞ? オレ、普通の勉強は教えられねーからさ。 海のこととか、植物とか、アイツらが興味あることを教えてるんだ。 どうやら木の登り方はまだまだみたいだから、今度ちゃんと教えてやらねーとな!」
(また先生の顔してる……)
陽影さんの笑顔を見て、私は温かい気持ちになる。
すると……
陽影「あっ、そうだ! なんかバタバタしてて、うやむやになっちまってたけど……。 〇〇、オマエなんでここにいるんだ?」
〇〇「えっ?あの、陽影さんからお手紙をいただいたからですけど……」
陽影「あ~……やっぱりそうか……」
陽影さんの表情が、みるみるうちに曇っていく。
陽影「実は一通目を出した後、慌ててもう一通手紙を出したんだけど……。 どうやら行き違いになったみたいだな」
〇〇「え……?」
陽影「今年は桜の開花が遅れてるんだ。だから、花見をするにはまだ早くてさ。 日を改めようと思ったんだけど、参ったな……」
〇〇「そうだったんですね。それなのに、私……」
陽影「何言ってんだ、オマエは全然悪くないだろ。 つーか、こうして会えたことは純粋に嬉しいしさ。 ……なんだったら、桜が咲くまでここにいたらいいんじゃねーか」
陽影さんは顔を赤らめながら、小さくつぶやく。
その言葉が予想以上に嬉しくて…-。
〇〇「はい……!」
私は彼に、笑顔でそう答えていた…-。