ジェイ「いや……言わなければならないのは、俺の方かな」
(ジェイさん……?)
その言葉の真意がわからないままエレベーターホールにたたずんでいると、ベルの鳴る音が聞こえた。
扉が開き、光がこぼれる。
無人のエレベーターは誰も下ろさず、誰も乗らず、扉が光を飲み込むと、再び静寂が訪れた。
(言わなければならない……って、なんのことだろう?)
意味がわからず首を傾げる私の体を、ジェイさんの腕が絡めとった。
○○「あ……」
私の体に、ジェイさんの温もりがじわりと広がっていく。
ジェイ「君を、帰したくないんだ」
耳元に、真摯な響きが届く。
ジェイ「このまま君を離したら、君を光の世界に帰すことになってしまう……。 俺だけが闇の中に取り残されるのは、寂しいんだ」
強く抱きしめられて、彼の胸に顔を埋めて……ジェイさんの顔を見ることはできない。
だけど、私の耳元で囁かれる言葉の熱が、その感情を伝えてくれた。
○○「……嬉しいです」
素直な言葉がこぼれた時、彼の腕の力がふっと緩められる。
ジェイ「嬉しい……?」
○○「はい。一緒にいたいって、言っていただけて……」
ジェイ「そんなことを言われたら、つけあがるよ?」
喜びのにじむ声が聞こえ、私は笑みをこぼした。
○○「つきあがってもいいんです。 闇の中だって……私はジェイさんと一緒にいたいんですから」
ジェイ「……っ」
安堵したような吐息が、首筋をくすぐったかと思うと、再び強く抱きしめられる。
ジェイ「……ありがとう」
囁く声を耳元に残し、そっとジェイさんの体が離れていく。
私の肩に手を置いたジェイさんは、いつもの穏やかな雰囲気に戻っていた。
ジェイ「じゃあ、あともう少し。酔い覚ましに付き合ってもらえないかな?」
○○「はい、もちろんです」
しっかりと頷いた時、再びエレベーターの扉が開いた。
人々の寝静まったホテルの中庭は、明かりも少なくてわずかな音しか聞こえない。
だけど…―。
○○「とても綺麗な星空……」
ジェイ「本当だ。今にも星が降ってきそうだね」
○○「はい。手を伸ばしたら届きそうで……」
指先で触れられそうなほど溢れる星に、手を伸ばす。
ジェイ「……待って」
○○「え?」
窓に向けて伸ばした右手に、ジェイさんの指が絡みつく。
後ろから抱きしめられる体勢になって、私は思わず息を止めた。
(ジェイさん……?)
そっと見上げると、ジェイさんの寂しげな瞳が、私を映し出している。
ジェイ「……ごめん」
○○「どうしたんですか……?」
尋ねると、ジェイさんは私を抱く手に力を込める。
絡められた指先が、微かに震えていた。
ジェイ「星に手を伸ばした君が、そのまま攫われてしまうような気がしたんだ。 もしもそんなことになったら、夜の世界ですら、俺は一人ぼっちになってしまう……」
耳元に落ちてくる声は、まるで泣いているように、か細くかすれる。
(私は、ここにいるのに……)
私を抱きしめる手に、左の手のひらをそっと重ねる。
すると、すがりつくように、ジェイさんはその手を握った。
ジェイ「耐えられない……こうして一緒にいても、寂しいのに」
○○「ジェイさん……」
ジェイさんは、光の下では生きられない。
昼に活動し、夜は眠りにつく……そんな私とは違う世界で生きている。
(でも……独りだなんて思ってほしくない)
○○「私は、いつだってジェイさんと一緒にいます」
彼の震えがおさまるように、安心させてあげられるように……言葉を優しく紡ぐ。
ジェイ「……昼の間でも?」
○○「はい……ジェイさんに会えない昼の時間の私も、こうしてジェイさんに寄り添う夜の時間の私も、眠っている時、夢の中でだってずっと、私はジェイさんの傍にいますから」
ジェイ「……君は、いつでも俺のものなのかい?」
○○「はい。だから、寂しくなんてありません」
想いが伝わるように願いながら、ジェイさんの手を強く握る。
(私はずっと、傍にいます)
祈りを込め、私はそっと瞳を閉じる。
ジェイ「○○ちゃん……」
○○「はい」
ジェイ「……ありがとう」
ジェイさんのかすれた声が、私の胸を震わせる。
けれど、私は振り向くことなく、ただその声を受け止めた。
(今この時は、私とジェイさんの、二人だけの時間……)
握られた手はしっかりと絡み合い、決して離れないことを誓っているようだった…―。
おわり。