月最終話 二人の時間

広々としたパーティ会場に、少年達の歌声が響き渡る。

指揮者が指揮棒を止めると、歌声が静寂に吸い込まれていった。

(皆、すごく上手だった……!)

と同時に、割れんばかりの拍手が起こる。

私も手を掲げ、大きな拍手を送った。

○○「素晴らしい合唱でしたね」

キース「……まあ、教えには忠実だった」

キースさんは満足気に少年達を見つめている。

歌い終わった少年達はステージを降り、そのままキースさんに駆け寄って来た。

少年1「鬼先生! どうだった?」

少年2「しっかり歌えたでしょ?」

足元で口々に話しかける少年達に、キースさんは頷いてみせる。

けれど、すぐに鬼先生ぶりを発揮した。

キース「立派に退場するまでが、お前達の仕事だろう。 仕事はきちんと最後までしろ」

少年達「はーい!」

少年達は元気よく返事をし、指揮棒に続いて退場した。

○○「子ども達も、いい顔していますね」

キース「ああ」

不意に、キースさんに手を引かれた。

○○「あの」

私の言葉を待たずに、キースさんは歩き始める。

○○「キースさん、どちらへ?」

キース「あいつらの合唱も見たし、もういいだろう」

○○「え、だって、プリンスアワードはこれから……」

キース「……だからなんだ?」

冷たい瞳に見下ろされ、私は口をつぐむ。

(……やっぱり、興味がないのかな)

キースさんを慕う子ども達の姿が思い起こされる。

(キースさんは、こんなに素敵な王子様なのに)

キースさんは何も言わないまま、私を連れパーティ会場を後にした。

……

キースさんに手を引かれ、私達は中庭に出た。

誰もいない中庭の空では、数え切れないほどの星が瞬いている。

○○「出てきてしまって、よかったんですか?」

キース「不満か?」

○○「え……」

キース「俺は、二人きりがいいと言っているのだが」

キースさんが、私の顔を覗き込む。

○○「キースさん……」

月明かりに照らされたキースさんの顔はとても優しく、頬が熱くなるのを感じた。

キースさんにじっと見つめられ、私は慌てて顔を伏せる。

(そんなに見つめられると……)

キース「おい」

(え……)

スチル(ネタバレ注意)
【スチル】

キースさんの指先が、私の顎を持ち上げた。

彼の黒髪が、さらりと目の前で揺れる。

キース「お前はいつも目を伏せる。 言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ」

キースさんは、私の唇をそっと親指でなぞった。

かぁっと、耳まで熱くなる。

○○「……プリンスアワードには、やっぱり興味がないんですか……?」

キース「何がだ。それでは何も伝わらない」

(意地悪……)

私はゆっくりと、キースさんの瞳を見つめた。

○○「キースさんは、こんなに素敵な王子様なのに」

キース「……」

キースさんが、困ったようにため息を一つ吐く。

キース「うるさい奴だ……わかっている」

○○「じゃあ……!」

キース「だが、今はお前と二人でいたい」

○○「……っ」

深い夜のような彼の瞳に、吸い込まれそうになってしまう。

キース「いいだろう? ……子どもの相手ばかりして、ろくにお前を構えなかったからな」

○○「……私も」

キース「聞こえない」

促されるように言われ、私は小さく息を吸い込んだ。

○○「……私も、もっとキースさんとお話がしたいと思っていました。 もっと、近づきたいと……・。 だから、二人きりで過ごせて、すごく嬉しいです」

キースさんの指先が、ゆっくりと外される。

その大きな手で、私の髪をふわりと撫でた。

キース「素直な女は、嫌いじゃない」

キースさんは照れくさそうに笑ってみせる。

○○「……」

(キースさん、今笑って……)

キースさんの温かい手が、私の手を包み込む。

キース「行くぞ」

○○「……はい」

誰もいない中庭を、私達は肩を並べて歩いていく。

繋がれた二つの手を、心地よい夜風が撫でていった…―。

 

 

おわり。

 

 

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