行き交う人々の笑い声が、俺の横を通り過ぎていく…-。
プリンスアワードの開催を目前に控え、街中が色めき立っている。
(プリンスアワードなど、どうでもいいが……)
(まあ、あいつらの合唱だけは聴いてやらないとな)
昨日、俺が合唱の指導をしてやった少年達のことを思い出す。
(〇〇も、聴きたいと思っているだろう)
―――――
〇〇『プリンスアワード、楽しみですね』
キース『お前は、そんなに楽しみにしているのか?』
〇〇『……もちろんです。今からわくわくしています』
〇〇『プリンスアワードのこと……。 子ども達も、キースさんを応援してくれてましたよ』
―――――
ふと、嬉しそうに笑う〇〇の顔が頭をよぎる。
(あいつは、俺にプリンスアワードに参加してほしいと思っているのだろう)
(もし、俺がプリンスアワードを獲ったのなら……)
キース「おい」
従者「はっ」
キース「……一人、迎えに行く。道を変えるぞ」
…
……
レンガが規則正しく並べられた建物の外で、彼女を待つ。
扉が開き、頬を紅潮させた〇〇が顔を出した。
(……相変わらず、姫らしくないことだ)
キース「お迎えに上がりました」
〇〇「あ、あの……」
恭しく振る舞う俺に、彼女は戸惑っているようだった。
(……予想通りの反応だな)
心の中で苦笑いを浮かべた後、俺は表情を引きしめた。
キース「……エスコートのされ方も知らんのか」
〇〇「えっ」
キース「ドレスの裾を摘まみ、軽くお辞儀をして、腰に手を添える」
昨日、少年達に指導した時と同じ口調で、俺は彼女に言う。
〇〇「……」
彼女は俺を見たまま、微動だにしない。
(……何を考えている)
普段なら表情を見るだけで簡単に〇〇の考えていることがわかるのだが、なぜだか妙に心がざわついて、今はそれがわからない。
キース「どうした」
〇〇「いえ」
俺に言われた通りに、彼女は小さくお辞儀をする。
そしてそっと、俺の腕に触れた。
(俺が、もしプリンスアワードを獲ったのなら)
(お前は……笑顔になるのだろうか?)
彼女を見下ろすと、彼女も俺を見上げる。
頬はより赤く染まり、まるで波打つ鼓動が聞こえてくるようだった。
キース「では、参りましょう……〇〇姫」
〇〇「は、はい」
キース「足元、気をつけて」
〇〇「はい」
彼女の歩調に合わせて、ゆっくりと歩みを進めていく。
一歩進むたびに、〇〇の手の温度を感じるたびに……
(なんだというんだ……)
心臓が、ドクドクと熱い鼓動を刻み始める。
(……見てみたい)
俺の中に生まれていた言葉にできない思いが、だんだんとその形をなしていく。
(お前の最高の顔が……見てみたい)
我知らず、俺は笑みをこぼしていた。
(大した奴だな)
(俺の心を、このように動かすなど……)
月明かりに照らされた夜道を、俺達はゆっくりと歩いていった…-。
おわり。