夕焼けに染まる野原で、キースさんは少年達にしきりに声をかけられていた。
キースさんは困ったような顔で、頷いたり首を捻ったりしている。
少年1「ねえ、鬼先生はどうしてここにいるの?」
キース「……明日のプリンスアワードに招待されたんだ」
少年1「え! じゃあ、王子様なの?」
キース「ああ」
少年達の瞳が輝く。
少年1「ねえ皆、鬼先生は王子様だった!」
少年2「鬼王子だった!」
少年達は面白そうに、手を叩き合った。
少年1「鬼先生、プリンスアワード獲るんでしょ?」
少年の一言に、キースさんは言葉に詰まる。
(キースさん……)
いくつもの熱い眼差しが注がれ、キースさんは居心地悪そうに目を逸らした。
キース「……」
少年1「鬼先生なら絶対獲るよ!」
少年2「鬼先生、応援してるから頑張ってね!」
キース「……」
何も答えないキースさんの周りで、少年達は口々に激励の言葉を投げかけた。
…
……
少年達と別れた帰り道…-。
キースさんはまっすぐ前を向いて歩き続けている。
(キースさん、ぼんやりしてるけど……)
〇〇「キースさん、どうしたんですか?」
キース「ああ……」
我に返ったように、キースさんは私の目を向ける。
けれどすぐに逸らし、夕焼けに染まる空を仰いだ。
〇〇「プリンスアワードのこと……。 子ども達も、キースさんを応援してくれていましたよ」
キース「……何が言いたい」
〇〇「……」
(やっぱり、プリンスアワードには出たくないのかな)
キース「俺は、プリンスアワードには興味はない」
(そっか……)
キースさんの強い口調に、私はうつむいた。
キース「しかし、あいつらの合唱は見届けてやってもいい」
〇〇「え、それって……」
(プリンスアワードを前向きに考えるってことなのかな……?)
〇〇「あ、あの。私も応援しています」
キースさんを覗き込むと、キースさんはまた目を逸らした。
キース「……それで、お前は覚えたんだろうな?」
〇〇「え?」
キースさんは足元を見回し、拾った枝を私に差し出した。
キース「ほら」
〇〇「指揮棒……」
キース「俺をずっと見ていたんだろう。少しくらいは上達しているはずだ」
〇〇「いえ、本当に見ていただけなので……」
キース「口ごたえだけは一人前だな」
〇〇「……」
私は、キースさんの姿を思い浮かべながら枝を掲げる。
思い切って、空を切った。
キース「違う」
〇〇「え……」
キース「お前は何を見ていたんだ。俺はそんな振り方はしていない」
〇〇「えっと、じゃあ」
枝を握り直した時、キースさんが私の手に触れる。
(あ……)
キース「貸せ」
〇〇「あ、はい」
私は慌てて、枝をキースさんに渡す。
キース「見ていろ」
〇〇「は、はい」
キースさんが一つ咳払いをし、ゆっくりと枝を振り上げた。
私達は枝を振りながら、ゆっくりと、夕闇が迫る野原を歩いていった…-。