広々とした野原で、草木が豊かにそよいでいる。
その真ん中で、少年達が合唱の練習をしていた。
〇〇「かわいい歌声……」
一生懸命歌う少年達の姿に、思わず見とれてしまう。
キース「……」
隣のキースさんを見ると、彼もいつになく優しい眼差しで彼らを見つめていた。
けれど、突然歌声がばらつき始める。
〇〇「あれ……?」
(そうか、指揮者がいないから……)
ぱらぱらと、少年達の歌声がやんでいく。
少年1「今日は先生がいないから、無理だよ」
少年2「もうやめようか?」
少年達の口から弱気な声がこぼれた時、一人の少年と目が合った。
彼は何か宝物を見つけたかのように破顔していき、声を上げる。
少年3「お姉ちゃん、指揮してよ!」
〇〇「えっ」
少年達の視線がいっせいに私達に集まる。
こちらに駆けてきた少年に、手を引かれた。
〇〇「あ、でも……」
私は助けを求めるようにキースさんを見た。
〇〇「あの、行ってみてもいいですか……?」
キース「お前、指揮ができるのか?」
〇〇「いえ。見たことはあるんですが、やったことは……」
キース「面白い。やってみろ」
〇〇「……。 キースさん、楽しんでませんか?」
キース「ああ」
(……!)
キース「いいから、やってみろ」
私は手を引かれるまま、少年達の輪の中に立っていた。
(指揮なんてやったことないけど……)
少年達の真剣な眼差しが私に注がれ、私は手を掲げる。
きらきらと輝く瞳に見つめられながら、思い切って手を振りかざした。
少年達がいっせいに口を開け、天使のような歌声が青空に吸い込まれていく。
(よかった。なんとか、指揮になってるみたい)
けれど、すぐにまた歌声がばらつき始めた。
(あれ?)
(私の指揮が悪い? どうしよう)
焦れば焦るほど、手の動きがちぐはぐになってしまう。
熱心にこちらを見ていた少年達も、ついに顔を見合わせ、口を閉じてしまった。
(どうしよう……)
少年1「お姉ちゃん、指揮あまり上手じゃないね」
〇〇「ご、ごめんね」
少年2「ねえ、お兄ちゃん指揮やってよ!」
少年達が視線を向けたのは、キースさんだった。
キース「……」
いつの間にか、キースさんの足元には少年達が集まっている。
〇〇「あの、キースさん……。 あの、代わっていただけますか?」
キースさんは私の顔を見て、ため息を吐く。
キース「仕方ないな」
〇〇「すみません……」
キース「初めてだが、やってみるとしよう」
キースさんは、辺りを見回し、足元に落ちていた枝を一本拾った。
(指揮棒かな……)
私が一歩後ろに下がると、キースさんは少年達を見据え、枝を掲げた。
少年達の間に、ぴりっとした空気が漂う。
(……本物の指揮者みたい)
キースさんが枝を振り、少年達は歌い始めた。
空を切る指揮棒を、少年達は夢中で追いかける。
(私が指揮をしていた時と全然違う)
まるで歌声に命が吹きこまれたかのように、活き活きと野原に響き渡っている。
(初めてって言ってたのに、こんなにも子ども達を引き込んでいる)
キース「もっと大きな声で。 少し遅れてるぞ」
(キースさんって、本当になんでもできる人なんだ……)
歌い終えた少年達から、わっと歓声が上がった。
(あんなに嬉しそうに……)
けれど…-。
キース「おい、お前。ワンテンポずれている」
キースさんの鋭い声に歓声が遮られた。
少年達「……」
キース「それからお前は、もう少し口を大きく開けろ。 あと、お前はよそ見をせずしっかり指揮を見るんだ」
(キ、キースさん……少し厳しいかも……)
ぽかんとしている少年達に、キースさんは次々と厳しい声をかけていった…-。
…
……
茜色に染まった雲が、ゆっくりと流れていく。
少年達は合唱の練習を終え、帰路につこうとしていた。
少年1「鬼先生、今日はどうもありがとうございました!」
少年2「鬼先生、また指揮してね!」
丁寧に頭を下げる少年達に、キースさんが眉をひそめる。
キース「なんだその呼び方は」
少年1「だって、鬼先生だもん! ねー」
少年達はにこにこと笑顔を交わし、頷き合っている。
(鬼先生……確かに、厳しい指導だったから)
(でも、皆こんなに笑顔になって……)
キースさんの足元に少年達がしがみつき、鬼先生と連呼している。
キース「おい、お前もなんとか言え」
キースさんの困った顔に、私は思わず微笑んだ。
〇〇「すっかり慕われていますね」
うんざりとため息を吐きながらも、キースさんは目元を微かにほころばせていた…-。