第3話 鬼先生

広々とした野原で、草木が豊かにそよいでいる。

その真ん中で、少年達が合唱の練習をしていた。

〇〇「かわいい歌声……」

一生懸命歌う少年達の姿に、思わず見とれてしまう。

キース「……」

隣のキースさんを見ると、彼もいつになく優しい眼差しで彼らを見つめていた。

けれど、突然歌声がばらつき始める。

〇〇「あれ……?」

(そうか、指揮者がいないから……)

ぱらぱらと、少年達の歌声がやんでいく。

少年1「今日は先生がいないから、無理だよ」

少年2「もうやめようか?」

少年達の口から弱気な声がこぼれた時、一人の少年と目が合った。

彼は何か宝物を見つけたかのように破顔していき、声を上げる。

少年3「お姉ちゃん、指揮してよ!」

〇〇「えっ」

少年達の視線がいっせいに私達に集まる。

こちらに駆けてきた少年に、手を引かれた。

〇〇「あ、でも……」

私は助けを求めるようにキースさんを見た。

〇〇「あの、行ってみてもいいですか……?」

キース「お前、指揮ができるのか?」

〇〇「いえ。見たことはあるんですが、やったことは……」

キース「面白い。やってみろ」

〇〇「……。 キースさん、楽しんでませんか?」

キース「ああ」

(……!)

キース「いいから、やってみろ」

私は手を引かれるまま、少年達の輪の中に立っていた。

(指揮なんてやったことないけど……)

少年達の真剣な眼差しが私に注がれ、私は手を掲げる。

きらきらと輝く瞳に見つめられながら、思い切って手を振りかざした。

少年達がいっせいに口を開け、天使のような歌声が青空に吸い込まれていく。

(よかった。なんとか、指揮になってるみたい)

けれど、すぐにまた歌声がばらつき始めた。

(あれ?)

(私の指揮が悪い? どうしよう)

焦れば焦るほど、手の動きがちぐはぐになってしまう。

熱心にこちらを見ていた少年達も、ついに顔を見合わせ、口を閉じてしまった。

(どうしよう……)

少年1「お姉ちゃん、指揮あまり上手じゃないね」

〇〇「ご、ごめんね」

少年2「ねえ、お兄ちゃん指揮やってよ!」

少年達が視線を向けたのは、キースさんだった。

キース「……」

いつの間にか、キースさんの足元には少年達が集まっている。

〇〇「あの、キースさん……。 あの、代わっていただけますか?」

キースさんは私の顔を見て、ため息を吐く。

キース「仕方ないな」

〇〇「すみません……」

キース「初めてだが、やってみるとしよう」

キースさんは、辺りを見回し、足元に落ちていた枝を一本拾った。

(指揮棒かな……)

私が一歩後ろに下がると、キースさんは少年達を見据え、枝を掲げた。

少年達の間に、ぴりっとした空気が漂う。

(……本物の指揮者みたい)

キースさんが枝を振り、少年達は歌い始めた。

空を切る指揮棒を、少年達は夢中で追いかける。

(私が指揮をしていた時と全然違う)

まるで歌声に命が吹きこまれたかのように、活き活きと野原に響き渡っている。

(初めてって言ってたのに、こんなにも子ども達を引き込んでいる)

キース「もっと大きな声で。 少し遅れてるぞ」

(キースさんって、本当になんでもできる人なんだ……)

歌い終えた少年達から、わっと歓声が上がった。

(あんなに嬉しそうに……)

けれど…-。

キース「おい、お前。ワンテンポずれている」

キースさんの鋭い声に歓声が遮られた。

少年達「……」

キース「それからお前は、もう少し口を大きく開けろ。 あと、お前はよそ見をせずしっかり指揮を見るんだ」

(キ、キースさん……少し厳しいかも……)

ぽかんとしている少年達に、キースさんは次々と厳しい声をかけていった…-。

……

茜色に染まった雲が、ゆっくりと流れていく。

少年達は合唱の練習を終え、帰路につこうとしていた。

少年1「鬼先生、今日はどうもありがとうございました!」

少年2「鬼先生、また指揮してね!」

丁寧に頭を下げる少年達に、キースさんが眉をひそめる。

キース「なんだその呼び方は」

少年1「だって、鬼先生だもん! ねー」

少年達はにこにこと笑顔を交わし、頷き合っている。

(鬼先生……確かに、厳しい指導だったから)

(でも、皆こんなに笑顔になって……)

キースさんの足元に少年達がしがみつき、鬼先生と連呼している。

キース「おい、お前もなんとか言え」

キースさんの困った顔に、私は思わず微笑んだ。

〇〇「すっかり慕われていますね」

うんざりとため息を吐きながらも、キースさんは目元を微かにほころばせていた…-。

 

 

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