裏路地を進んだ先に着いた野原は、見渡す限り草花が咲き誇っている。
(街並みの先に野原があるなんて……)
キースさんはまっすぐ前を向き、黙々と歩き続けていた。
(キースさん、どこに向ってるんだろう)
〇〇「あの、これからどちらへ?」
キース「近くの牧場で二歳馬が見られると聞いてな」
〇〇「二歳馬……?」
キース「幼さの残る、未知数の馬達だ。丁度時間も余っていたしな」
〇〇「あの……私もご一緒してよろしいですか?」
キース「既についてきていると思うが」
〇〇「あ……」
キース「それに、もう目の前だ」
キースさんの視線をたどると、目の前には牧場が広がっていた。
そこでは、毛並みをつやつやと輝かせた馬が軽快に走り回っている。
〇〇「すごい……」
ゆっくりと近づくと、馬達のつぶらな瞳がいっせいにこちらに向けられた。
馬達が興味津々に私に近づき、私も緊張しながらも彼らの瞳を見つめ返す。
(かわいい……)
キース「気性の荒い馬もいる。気をつけろ」
蹄の音に顔を上げると、風が私の横を駆け抜ける。
顔を上げると、それは馬に乗ったキースさんだった。
〇〇「キースさん」
キースさんの表情は口元に笑みを浮かべ、凛と背筋を伸ばすその姿には威厳すら漂っている。
優雅に馬を乗りこなすキースさんに、思わず感嘆の声が漏れた。
〇〇「キースさん、すごいですね」
キース「何がだ」
〇〇「馬に乗る姿が、とても様になっていて……」
キース「何が言いたい」
〇〇「えっと……」
言葉を探している私の頬に、キースさんの乗っている馬の鼻がつんと触れた。
〇〇「……っ!」
馬を見ると、潤んだ瞳でじっと私を見つめている。
キース「ほう……お前のことが気に入ったらしい」
馬上のキースさんが、微かに笑った。
〇〇「え、わかるんですか?」
キース「ああ。お前も乗ってみたらどうだ」
〇〇「いえ、乗ったことないですし」
キース「……お前が一人で乗れるとは思っていない」
〇〇「え……」
キースさんは、自分の鞍の前を指さす。
キース「来い」
(キースさんの前に……?)
〇〇「……ありがとうございます。 あの、でも、振り落とされたりしないですよね?」
キース「俺が馬の扱いを心得てないと言いたいのか?」
〇〇「い、いえ」
キースさんの手が私に伸び、そっとその手に触れる。
恥ずかしくなり、私は慌ててうつむく。
〇〇「わっ!」
キースさんに手を引かれ、私はすとんと馬の背に引き上げられる。
彼は私を背後から包み込むように、座り直した。
(体が、近い……)
密着した体に、私の心臓はうるさいほど騒ぎ出していた。
キース「動くな」
耳元で、キースさんの低い声が響く。
〇〇「は、はい」
キースさんが手綱を引くと、滑るように馬が歩き始めた。
私の頬を、風が撫でていく。
馬上からの眺めは、さっきまでの景色とは全く違う。
(いい景色……)
キース「走る。下を噛むなよ」
〇〇「えっ」
その声と同時に、馬がなめらかに駆け出す。
(速い……!)
キース「しがみついていることだな」
飛ぶように過ぎていく景色よりも、耳元で響く声に私の胸は高鳴っていた…-。
…
……
素敵な時間は、あっという間に過ぎ去った。
〇〇「ありがとうございました。とても楽しかったです」
キース「ああ」
キースさんは、いつもより優しく微笑んでくれる。
(馬が好きなんだ……)
馬の鼻先を撫でるキースさんの横顔はとても愛おしげで、胸が小さく音を立てた。
〇〇「……」
キースさんを見つめていた時、どこからか歌声が聞こえてきた。
(歌……? 子どもの声)
辺りを見回すと、牧場の隣で合唱をしている少年達の姿が見えた。
〇〇「あれは……」
私のつぶやきに、馬の売り主が満面の笑みを向ける。
売り主「プリンスアワードのプレパーティで合唱を披露する少年達です。 いつもあそこで一生懸命練習しているんですよ」
〇〇「へえ……。 キースさん、少し見に行きませんか?」
キースさんの隣にそっと並んで、私も歩みを進める。
牧場に吹く風が、私達を優しく包んでくれた気がした…-。