月SS ありのままでいい

花畑から戻るなり、私は部屋の扉の鍵を内側からかけた。

(これで、プリンセスはどこへも行けない)

(ああ……まるで、駄々をこねる子どもだ)

頭ではそう思うのに、彼女を独占したいという気持ちが溢れて止まらない。

(不思議な女性だ……)

花畑でかわいらしい顔を見た時には、手折ってしまいたい衝動に駆られ、今は、彼女をひとときも離したくないという願望が渦巻いている。

○○「えっと……寒かったですか?」

ジーク「いえ?」

○○「あ! 足が痛かったですか?」

ジーク「もう、足は随分いいですよ」

(プリンセス、あなたは……)

私の胸中を知らない彼女は、見当外れな言葉を続ける。

どうしたものかと、バルコニーに出て手すりにもたれかかった時だった。

○○「私、取ってきま…―」

(駄目だ…―)

私の傍から離れようとした彼女の手を、とっさに掴んだ。

そして、そのまま彼女を引き寄せて…―。

ジーク「……行かせない」

頬に手を添え、こちらを向かせる。

ジーク「今日は私のことしか見ないはずでは?」

○○「え……?」

揺れる彼女の瞳に、自分の姿が映っている。

(ずっと……ずっと私だけを……)

ジーク「私だけを見つめる……そういう約束のはずです」

○○「あの……?」

なおも戸惑う彼女を見ると、もどかしさで胸が掻き乱される。

(っ、いけない……)

彼女を離したくないという気持ちが、無意識に掴んだ腕の力を強めていた。

ジーク「遠くの馬車や、お茶を運んできてくれた給仕、それに……あの、剣の腕が立つ兵士。 あなたの瞳は、目の前にいる私を容易く通り過ぎてしまう」

彼女は黙ったまま、まっすぐ私を見つめ返している。

その視線に促されるように、私はつい胸の内を吐き出し……

ジーク「明日はプリンスアワードです。たくさんの王子達が集まる会場では、きっとあなたの瞳には私など……」

(拗ねているような口ぶりになってしまった)

(いや、私は実際に拗ねている)

一度自覚してしまうと、頬が熱を持ち顔が赤くなったことがわかる。

ジーク「……」

(プリンセス、あなたは呆れてしまっただろうか……)

弁解の言葉が何も出てこないまま、彼女の言葉を待つ。

すると…―。

○○「ごめんなさい」

(……!)

小さなかわいらしい彼女の声が耳に届いた。

○○「でも……私、ずっとジークさんのこと見てましたよ。 皇太后様をかばって怪我して……痛いのに我慢していて……」

(あんなに、情けない姿だったというのに……?)

○○「どんな時も、完璧な王子様で。 そんなふうに思っていただけてるなんて、私……」

ジーク「プリンセス……」

(あなたこそ……そんなふうに思ってくれていたのですね)

彼女の手を取り、頬を摺り寄せる。

(私は何を……気負っていたのでしょうか)

(あなたはずっと、私のことを見てくれていたというのに)

(私の、全部を……)

プリンセスの言葉に、肩の荷がふと下りた気がした。

(ありのままの自分を、彼女は好きだと言ってくれる)

そう考えた時、素直な言葉が口からこぼれた。

ジーク「完璧などではありません」

ゆっくりと、彼女の表情を見つめて言葉を繋ぐ。

ジーク「私は、こんなにもあなたに焦がれ……みっともないくらい、必死になっているのです」

○○「……っ!」

ジーク「他の男に、あなたの視線が注がれるのが耐え難くて。 ……あなたは、私のすべてだから」

○○「ジークだから……」

彼女の優しい手が、背に回る。

もっと近くにいたくて、プリンセスの腰を抱き寄せる。

(ありがとう……)

想いをのせ、彼女の髪にそっと口づけを落とす。

ジーク「……どうか、どこにも行かないでください。 ここにいて……夜が明けても、明日も明後日も、ずっと」

ずっと彼女と共にいられるよう、腕に抱いた力に気持ちを込める。

バルコニーに差し込む月明かりが、二人だけを包み込んだ…―。

 

 

おわり。

 

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