その夜…-。
ジークさんと私は、記録の国の皇太后様の晩餐会に招かれていた。
(王様のお母様……だよね?なんて上品な方)
車いすに腰掛けた皇太后様は、私たちに気取らない、輝くような笑みを向けてくださる。
ジーク「お招きいただき、光栄でございます」
胸に手を当て恭しく膝を折ったジークさんを見て、私も慌ててお辞儀をした。
皇太后「あらあら。そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、どうぞおかけください」
ジーク「恐れ入ります」
ジークさんは、皇太后様にもう一度礼をすると、私を席までエスコートしてくれる。
ジークさんが私の隣の席に着くと、いっせいにグラスにお酒が注がれ、初めの皿が給仕された。
皇太后「実は、この通り足が弱ってしまっているものですから……。 剣術の御前試合を楽しみにしていたのですけれど、式典の会場には行けそうもないのです」
(御前試合……)
剣術の御前試合もまた、式典を盛り上げるための催しの一つであると聞いていた。
ジーク「左様でございましたか……」
皇太后「それで、今日は○○姫にお願いがあって、お呼び立てしたのです」
○○「私に、ですか?」
皇太后「はい。実は、御前試合の勝者には、わたくしが祝福を与えることになっていたのです。 その役目を、わたくしの代わりに、姫にお願いできないかと思っているのです」
○○「え……」
ジーク「○○姫が……?」
突然の申し出に、私もジークさんも瞳を瞬かせた。
○○「とても光栄なのですが、私に務まるのでしょうか……?」
皇太后「もちろんですとも。方法はなんでもよろしいのよ。私の場合は、頭に手をかざします。 でも、美しい姫からの祝福といえば……キスがいいのではないかしら」
○○(キス!?)
皇太后「本当は、毎年楽しみにしていた一番大好きな公務なのですけれど……」
○○「皇太后様……」
私はジークさんと、そっと視線を交わし合って…-。
○○「そのお役目、お受けいたします。力不足かもしれませんが…-。」
皇太后「本当に、ありがとうございます」
皇太后様の笑みは優しく、けれど少し悲しそうで……
ジーク「プリンセス?」
○○「何か……できることはないでしょうか」
そっとジークさんに囁きかけると、彼は小さく頷く。
ジーク「私も同じことを考えていました。 実は、私は剣術の御前試合に参加する予定なのです」
皇太后「まあ!」
ジーク「この場で試合はできませんが……よろしければ、食事の後に剣舞などをご覧に入れましょう」
皇太后「なんて嬉しいことでしょう……!」
皇太后様は、本当にうれしそうに胸に手をあてる。
(ジークさん……よかった)
ジークさんが笑うと、胸が小さく音を立てた…-。
…
……
そうして、食事が終わると……
ジーク「皇太后陛下と……私のプリンセスの御為に」
ジークさんが皇太后様に見える場所で、剣を手に舞い始める。
(すごい……!)
軽々と宙を舞い、流れるように剣を閃かせる彼の一挙一動に、私は何度も息を呑んだ。
皇太后「なんて、素晴らしい……!」
皇太后様も、感極まったのか、いつ間にやら車いすから立ち上がっている。
(足は、大丈夫なのかな?)
ふと、そう思った瞬間……
○○「危ないっ!」
ジーク「!!!」
皇太后様がバランスを崩し、宙を舞っていたジークの方へとよろけてしまった。
ジーク「……っ!」
思わず閉じてしまっていた目を開けると、ジークさんが少し遠い場所に倒れ込んでいる。
○○「ジークさん!皇太后様!」
慌てて席を立ち、二人の方へと駆け寄る。
皇太后「わ、わたくしを避けて、無理に遠くへ着地されたのです。 わたくしのせいで……」
従者の方と一緒にジークさんを助け起こそうとすると、彼は小さく首を振った。
○○「ジークさん!」
ジーク「プリンセス、ご心配をおかけして申し訳ございません」
小さく私の耳元で囁くと、ジークさんは自分の足で立ち上がる。
(怪我は……?)
ジーク「……私の鍛錬が足りず、無様なところをお見せしてしまい申し訳ございません」
ジークさんは、皇太后様の元へ向かい、深々と頭を下げる。
皇太后「王子、そのような……!」
ジーク「皇太后陛下におかれましては、お怪我はございませんでしたか?」
皇太后「ええ、ええ……」
ジークさんは穏やかな笑みを浮かべ、足元のおぼつかない皇太后様に手を差し伸べた。
(よかった、お二人とも大丈夫みたい)
ため息を吐いてから、私はふと彼の足の動きに違和感を覚える。
(あれ?ジークさん……)
にこやかに笑う彼の横顔が、青白いような気がした…-。