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リオン『ねえ、○○、しばらくは忙しくて会えなくなっちゃうけど。 次に会う時はちゃんと立派な王子様になってるから、そしたらもう一度、会いに来て?』
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○○にそんな約束をしてから、季節が一つ巡ろうとする頃…―。
やっと今日の仕事を終えて、僕は部屋に戻ってきた。
リオン「はぁ……やっぱり大変だなあ。王子の仕事って」
かなり慣れてはきたけれど、その分僕がやらなきゃいけないことも増えてきた。
(でも、○○と約束したもんね)
そう思いながら、体を起こして手元の書類をちらりと見る。
それは、皆からの報告書だった。
(……うん、どの地域も皆安定してるみたい)
(花は元気になって、笑顔がいっぱいで……)
リオン「これなら、○○を呼んでも恥ずかしくない」
つぶやきながら、僕は便せんを取り出した。
ペンを手に、書き記したのは…―。
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リオン『あれからようやく王子の仕事にも慣れて、枯れていた花も元通りになったよ。 どうか、よかったらもう一度、僕の国を見に来てくれないかな?』
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リオン「……これでよし!」
(会いに来てくれるかな、○○……)
僕はもう、あの頃とは違う。立派な王子になれたはず。
その姿を早く見せたくて、胸をどきどきさせながら封をした。
…
……
それからしばらくして、○○はお城に遊びに来てくれた。
でも、昼間は僕も仕事が忙しくて、待っててもらうことになって……
手が空いて彼女を呼んでもらった時には、もう夕方になっていた。
バルコニーから見上げる夕焼けは、透き通って美しい。
縁に腰かけて空を仰ぎ、僕はほっと息を吐いた。
(今日も一日、無事に終わった)
こんなに綺麗な夕焼けを見ることができるのも、花が元通りになったおかげだ。
(それは、とても素晴らしいことだって、わかっているんだけど……)
どうしても忘れられない思いが、再び胸に込み上げてくる。
(外に……行きたいな……)
必要があって出かけるのはなくて、自由気ままに歩き回る旅……
それは、今の僕には許されない。
(王子なんだから当たり前……それはわかってるんだけど)
それでも溢れる思いは歌になり、その歌がシャボンとなった。
僕の思いがこもったシャボンは、風に乗って舞い上がる。
(遠くへ……僕の代わりに、旅をしてきて……)
そんな気持ちで歌を紡いでいると…―。
○○「リオン?」
僕の名前を呼びながら、○○が近づいてきた。
リオン「○○……」
彼女の名前を呼ぶと、淡い香りのシャボンができた。
ふわふわと漂うそれに、彼女は不思議そうな視線を向ける。
リオン「……いい香りでしょう? こうしてシャボンにすると、かわいいし」
(ここには僕の思いがこもってるんだよ…―)
言いかけた言葉を飲み込んで、代わりにもっと素直な気持ちを言葉に乗せた。
リオン「時々、まだ憧れるんだ……。 自由で、気ままで……何にも縛られることのない生活に」
○○「リオン……」
静かに目を閉じると、○○の気遣うような声が聞こえた。
○○「……」
だけどそれ以上は言葉にならないのか、彼女は黙ったまま歩み寄ってくる。
(気遣ってくれてるのかな。優しいな……)
くすりと笑って彼女の方に振り返る。
リオン「でも、僕は王子様だから……」
(だから、大丈夫だよ。もうわがままなんか、言わないからね)
そう告げたつもりだったのに、彼女は切なげに目を細めた。
リオン「ねえ、君には今の僕ってどう見える?」
○○「うん……すごく大人びてて……素敵だよ」
そう答えて、○○は僕の隣に座った。
(大人びてる、か……)
(昔のままの僕じゃなくなっちゃってるんだろうな。でも……)
(それでも君は、僕のことをまっすぐに見てくれるんだね)
リオン「……ありがとう」
そうつぶやいて、彼女の手を握る。
(昔のままの僕じゃいられない……それでも君は、嘘を吐かないでいてくれる)
(そんな君が会いに来てくれたから、僕はまた頑張れるよ)
(これからも頑張る。だから、僕と一緒にいてね)
そんな決意を込めて、彼女の手を強く握る。
○○「……」
彼女もまた、僕の手を握り返してくれた。
(……勇気が湧いてくる)
(やっぱり君は、僕の大切な人だ)
僕の思いに応じるように、シャボン玉がふわりと空に舞う。
虹色に揺らぐ表面にヴィラスティンの街並みが映り、夕陽を浴びてきらきらと輝いた…―。
おわり。