衛兵の口にした嘆願書という言葉に、場の空気が変わった。
リオン「待って! 嘆願書ってどういうこと? 何か街で問題が起きてるの?」
リオンくんの大きな瞳が不安そうに、大きく揺れる。
(リオンくん……)
その様子に、私の胸もざわめき始めた。
衛兵「いえ、大きな事件ということでは、ないのですが……。 花が枯れて、他国との交易に支障が出ているので。 王族の祈りを、もっと強めて欲しいと……」
(王族の祈り……?)
ちらりとリオンくんを見ると……
リオン「……花の精に選ばれた王子が、国の平和のために女神様に毎日捧げる祈りのことだよ」
私の視線に応えるように、彼がぽつりとつぶやいた。
衛兵「中には、リオン様が王族の祈りを疎かにしているのではという声も上がっており……」
リオン「……! そんな!!」
リオンの兄1「そらみろ、お前がのん気に遊び歩いているからではないか」
リオン「だって……」
一番上のお兄さんがリオンくんを責める中、次のお兄さんが割って入った。
リオンの兄2「何も私達は街に出かけるのが悪いとは言ってないんですよ? でも出かけるからには、国の代表となったお前がもっと民の話に耳を傾けしっかりしないと」
リオン「……」
不安げに、ただじっとお兄さんの言葉に耳を傾けるリオンくんを、私は見守ることしかできなかった。
リオンの兄2「タンポポの民、皆が他の花の精霊達に軽んじられてしまうんですよ?」
リオン「……街の皆が……?」
彼が問いかけると、その場にいた兄弟達が静かに頷いた。
リオン「そ、そんな……僕、知らなかった」
絞り出されたようなその声は、震えている。
私はそっと歩み寄って、リオンくんの手を握った。
リオン「○○……」
すると、リオンくんが驚いたように私の顔を見上げる。
(しっかり……!)
その気持ちが伝わったのか、リオンくんはお兄さん達にまっすぐに向き直った。
リオン「……じゃあ僕はどうすればいいの?」
リオンくんは、懸命にお兄さん達に問いかける。
リオンの兄1「年若いお前だけではさすがに苦しいだろう、我々もここは協力しよう」
リオンの兄2「そうですね……リオン、まずはお前が指示を出し、詳しいことを調べるといいでしょう」
リオンの弟「ボクも協力するよ! だからリオン兄ちゃん、指示を出して!」
お兄さん達は、優しげな笑みを浮かべてリオンくんを見つめる。
リオン「……僕が?」
戸惑いに迷う瞳が、もう一度私を振り向いた。
私はその瞳に力強く頷く。
(リオンくんにだって、ちゃんとできるはず……)
リオン「……わかった。 僕、神殿に行って、女神様にお祈りしてくる!」
その声は、もう震えてはいなくて……
(リオンくん……頑張って!)
芯の通ったまっすぐな声に、私は胸の内でエールを送った。
リオン「だからお兄ちゃん達は他の花の精霊の王子達にお手紙を出して!」
リオンの弟「ボクは?」
リオン「大臣と一緒に、街の人達に詳しく話を聞いてきて!」
そして、一息吐くと改めて…―。
リオン「皆、お願いします!」
リオンくんは、深く頭を下げた…―。
…
……
こうして…―。
タンポポの精達の間で起きた問題の解決のために、リオンくんは忙しい一日を送ることになった。
…
……
そして一通りの行動が済む頃には、すっかり空に星が輝き始めていた…―。
気持ちが落ち着かず、私は城の中庭で時間を過ごしていた。
(リオンくん……大丈夫だったかな)
中庭に咲く小さな花を見つめて、私はリオンくんのことを思う。
すると……
リオン「ごめんね、○○。せっかく遊びに来てくれたのに、こんなことになっちゃって」
ようやく仕事を終えたリオンくんが、少し疲れた様子で姿を現した。
○○「ううん、私は気にしてないから。それよりも、お花の方は大丈夫?」
リオン「うん。まだ明日にならないとわからないけど……」
私が見ていた小さな花に視線を落として、リオンくんは微かに微笑んだ。
リオン「でも僕、今回のことで反省したよ……自分のことだけ考えてちゃ駄目なんだって……。 僕がしっかりしないと、お兄ちゃん達や弟達も安心して旅ができなくなっちゃうしね」
○○「リオンくん……」
幼い顔の中に、これまでの彼にはなかったものが見える。
それは、どんな困難にも決して負けない、タンポポのような逞しさ…―。
リオン「ねえ、○○、しばらくは忙しくて会えなくなっちゃうけど。 次に会う時はちゃんと立派な王子様になってるから、そしたらもう一度、会いに来て?」
○○「……リオンくん」
リオンくんの瞳が、月の光に照らされて幻想的な輝きを帯びる。
なぜだかその瞳を見ていると、胸がいっぱいになった。
リオン「○○? もしかして……嫌かな?」
○○「そんなことないよ! うん、約束!」
その気持ちに応えたくて、私もしっかりと頷いた。
リオン「じゃあ、約束……」
小さく囁かれたかと思うと……
リオンくんは満天の星空の下で、私の額へ触れるだけのキスをしたのだった…―。