翌日も、太陽が明るい光を世界に注いでいた。
ふと立ち止まり、私は昨日のユリウスさんの言葉を思い出す。
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ユリウス『でもわかっただろ? あんまりオレに近づくなよ。 戦争の時の後遺症だよ。無意識にオレは、近づく奴を……』
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(私に、何かできることはないのかな……)
はりつめた後ろ姿を思い出す。
執事「おや、〇〇様」
通りがかった執事さんが、きらきら輝く小さな瓶を持っている。
〇〇「あの、それは……?」
執事「植物から取れた香料です。我が国は植物が豊かですからね」
そう言うと執事さんは、瓶の蓋を開けて、香りを私に寄せてくれる。
(甘くて、いい香り)
執事「ユリウス様も、香料の調合はお上手なんですよ?」
〇〇「ユリウスさんが?」
執事「はい。ユリウス様ご本人は、恥ずかしがっておられるようですが」
くすりと、執事さんが品のいい笑みをこぼす。
執事「ユリウス様がおつくりになる香は、本当に心地よい香りがします」
(そうだ……!)
〇〇「あの、お願いがあるのですが」
…
……
私は執事さんにお願いして、香料を調合させてもらうことにした。
(少しでもユリウスさんの気持ちが安らぐように)
目の前には、たくさんの種類の香料の瓶が並んでいる。
執事「調合に必要な下準備はすべて済んでおります。 〇〇様の好きなように調合していただいて結構ですよ」
執事さんが優しく微笑んでくれる。
〇〇「ありがとうございます」
執事「いえ、こちらこそ……ユリウス様を気にかけてくださって、感謝いたします」
そう言って、執事さんは退出した。
(どんな香りが、好きなのかな)
香料ひとつひとつの香りを確かめ、調合を繰り返していく。
けれど、思ったようにいい香りができない。
(難しいな……)
ユリウス「……見てらんねーな」
突然の声に振り返ると、ユリウスさんがドアのところに、呆れ顔で立っていた。
〇〇「ユ、ユリウスさん!」
ユリウス「素人にできるもんじゃねぇよ」
ユリウスさんはこちらに歩いてくると、慌てる私には構わず、慣れた手つきで調合を始める。
ユリウス「香りは時間が経てば変化する。 それに合わせて配分を考えないといけない。 ひとつひとつの香料がどんな成分を持つかちゃんと理解しねぇと」
骨ばった手が、細やかに材料を扱う。
(すごく器用……)
その手際のよさに見とれていると、ユリウスさんはあっという間に調合を終えてしまった。
ユリウス「ほら」
出来上がった液体を差し出され、顔を近づけてみると……
(……なんていい香り)
甘く華やかな花の香りが、私の鼻をくすぐった。
ユリウス「……どんなのがいいんだ?」
〇〇「えっ……?」
ユリウス「つくってやるよ、お前が欲しい香り」
(ど、どうしよう)
〇〇「あ、あの…-」
私は返す答えに困ってしまう。
ユリウス「なんだよ、欲しい香りがあるからやってたんだろ?」
間近に顔を覗き込まれ、私は思わず目を逸らした。
観念した私は、正直に話すことにした。
〇〇「……ユリウスさんの気持ちが休まるような香りを、つくりたくて」
ユリウス「!」
途端、ユリウスさんの顔が歪められる。
ユリウス「……なんだよ、それ」
〇〇「香りで、心が少しでも休まらないかなって思って……」
ユリウス「……。 おせっかいだな、お前」
ぶっきらぼうにそう言って、ユリウスさんは私に背を向ける。
(おせっかい……そうだよね)
肩を落として、その背中を見つめていると……
ユリウス「……早くしろよ」
〇〇「え……?」
ユリウスさんが、背中ごしに私に声をかける。
ユリウス「お前が好きな香料をいくつか選べ。配分はオレがやってやるよ」
(……!)
沈んでいた気持ちが、ぱっと明るくなる。
〇〇「ありがとうございます!」
大きな声でお礼を言うと……
ユリウス「ほんと、元気だな」
ユリウスさんの瞳が優しく細められた……
…
……
私が選んだ香料を、ユリウスさんが丁寧に調合してくれる。
やがて美しい空色の液体が出来上がった。
ユリウス「できたぞ」
甘い果実のような、それでいてすっきりと心落ち着かせる香りが漂う。
(すごく、素敵な香り……)
〇〇「ユリウスさん、ありがとうございます」
ユリウス「いや……」
ユリウスさんは、手をポンと私の頭の上に乗せた。
ユリウス「いい香りだ。オレも気に入った……ありがとな」
彼の優しい笑顔が、私の胸を高鳴らせる。
私とユリウスさんがつくった香りが、部屋いっぱいに広がっていた…-。