第4話 空色の香り

翌日も、太陽が明るい光を世界に注いでいた。

ふと立ち止まり、私は昨日のユリウスさんの言葉を思い出す。

―――――

ユリウス『でもわかっただろ? あんまりオレに近づくなよ。 戦争の時の後遺症だよ。無意識にオレは、近づく奴を……』

―――――

(私に、何かできることはないのかな……)

はりつめた後ろ姿を思い出す。

執事「おや、〇〇様」

通りがかった執事さんが、きらきら輝く小さな瓶を持っている。

〇〇「あの、それは……?」

執事「植物から取れた香料です。我が国は植物が豊かですからね」

そう言うと執事さんは、瓶の蓋を開けて、香りを私に寄せてくれる。

(甘くて、いい香り)

執事「ユリウス様も、香料の調合はお上手なんですよ?」

〇〇「ユリウスさんが?」

執事「はい。ユリウス様ご本人は、恥ずかしがっておられるようですが」

くすりと、執事さんが品のいい笑みをこぼす。

執事「ユリウス様がおつくりになる香は、本当に心地よい香りがします」

(そうだ……!)

〇〇「あの、お願いがあるのですが」

……

私は執事さんにお願いして、香料を調合させてもらうことにした。

(少しでもユリウスさんの気持ちが安らぐように)

目の前には、たくさんの種類の香料の瓶が並んでいる。

執事「調合に必要な下準備はすべて済んでおります。 〇〇様の好きなように調合していただいて結構ですよ」

執事さんが優しく微笑んでくれる。

〇〇「ありがとうございます」

執事「いえ、こちらこそ……ユリウス様を気にかけてくださって、感謝いたします」

そう言って、執事さんは退出した。

(どんな香りが、好きなのかな)

香料ひとつひとつの香りを確かめ、調合を繰り返していく。

けれど、思ったようにいい香りができない。

(難しいな……)

ユリウス「……見てらんねーな」

突然の声に振り返ると、ユリウスさんがドアのところに、呆れ顔で立っていた。

〇〇「ユ、ユリウスさん!」

ユリウス「素人にできるもんじゃねぇよ」

ユリウスさんはこちらに歩いてくると、慌てる私には構わず、慣れた手つきで調合を始める。

ユリウス「香りは時間が経てば変化する。 それに合わせて配分を考えないといけない。 ひとつひとつの香料がどんな成分を持つかちゃんと理解しねぇと」

骨ばった手が、細やかに材料を扱う。

(すごく器用……)

その手際のよさに見とれていると、ユリウスさんはあっという間に調合を終えてしまった。

ユリウス「ほら」

出来上がった液体を差し出され、顔を近づけてみると……

(……なんていい香り)

甘く華やかな花の香りが、私の鼻をくすぐった。

ユリウス「……どんなのがいいんだ?」

〇〇「えっ……?」

ユリウス「つくってやるよ、お前が欲しい香り」

(ど、どうしよう)

〇〇「あ、あの…-」

私は返す答えに困ってしまう。

ユリウス「なんだよ、欲しい香りがあるからやってたんだろ?」

間近に顔を覗き込まれ、私は思わず目を逸らした。

観念した私は、正直に話すことにした。

〇〇「……ユリウスさんの気持ちが休まるような香りを、つくりたくて」

ユリウス「!」

途端、ユリウスさんの顔が歪められる。

ユリウス「……なんだよ、それ」

〇〇「香りで、心が少しでも休まらないかなって思って……」

ユリウス「……。 おせっかいだな、お前」

ぶっきらぼうにそう言って、ユリウスさんは私に背を向ける。

(おせっかい……そうだよね)

肩を落として、その背中を見つめていると……

ユリウス「……早くしろよ」

〇〇「え……?」

ユリウスさんが、背中ごしに私に声をかける。

ユリウス「お前が好きな香料をいくつか選べ。配分はオレがやってやるよ」

(……!)

沈んでいた気持ちが、ぱっと明るくなる。

〇〇「ありがとうございます!」

大きな声でお礼を言うと……

ユリウス「ほんと、元気だな」

ユリウスさんの瞳が優しく細められた……

……

私が選んだ香料を、ユリウスさんが丁寧に調合してくれる。

やがて美しい空色の液体が出来上がった。

ユリウス「できたぞ」

甘い果実のような、それでいてすっきりと心落ち着かせる香りが漂う。

(すごく、素敵な香り……)

〇〇「ユリウスさん、ありがとうございます」

ユリウス「いや……」

ユリウスさんは、手をポンと私の頭の上に乗せた。

ユリウス「いい香りだ。オレも気に入った……ありがとな」

彼の優しい笑顔が、私の胸を高鳴らせる。

私とユリウスさんがつくった香りが、部屋いっぱいに広がっていた…-。

 

 

<<第3話||第5話>>