空には、見たこともない三色の虹が大きく弧を描いている。
陽影さんはわき目も振らず、街を抜け出し海に向って走り続けていた。
〇〇「ま、待ってください! いきなりどうしたんですか?」
陽影「話は後でするから!」
強引に手を引っ張られるまま、二人で海を目指す。
(一体どうしたんだろう?)
走っているせいなのか、彼に手を引かれているせいなのか……
私の心臓は大きく脈打っていた。
そしてついに海に辿り着くと、彼は足を止めた。
(ここは……祭事の行われていた場所?)
陽影「虹はどっちへ向かって出てるんだ!?」
陽影さんの視線を追うと、浜辺とは逆方向に静かにたたずむ社が見えた。
三重の虹はしっかり海から社に向かい、天空の懸け橋のように掛かっている。
陽影「……!!」
陽影さんはそれを見るなり、海の中へと駆け出した。
〇〇「ひ……陽影さんっ!?」
服が濡れることも厭わず、陽影さんは虹が見える方へと進んでいく。
そして…-。
陽影「ハ……ハハハッ!!」
彼はこの上なく嬉しそうに、バシャリと天を仰ぐように、水しぶきをまき散らす。
〇〇「陽影さんっ……?」
何が起こっているのかわからず、ただその名前を呼ぶことしかできずにいると…-。
陽影「まさか……今年がそうだったなんて!!」
〇〇「え……?」
陽影さんが私の方に向き直り、ニッと白い歯を見せる。
陽影「嵐の後に海から社にかけて掛かる三重の虹は、吉兆の印だって言われてるんだ。 昨日までやってた祭は、島の守り神の男神が、海からやってきた女神と出会った由来からきてて。 二人が結ばれた日が、今日なんだよ」
〇〇「守り神と海の女神さまが?」
陽影「ああ! それでこの虹が掛かった年に出会った男女は。 その男神と女神のように永遠に結ばれるって……」
(え……)
そこまで言うと、陽影さんは私がいる海岸へと歩き出す。
三重の虹を背に、太陽の光が陽影さんを照らしている。
(どうして……)
彼が私に近づくにつれ、どくんどくんと、胸の音が大きくなっていく。
そして、陽影さんが私のすぐ前までやって来て…-。
陽影「〇〇、オマエこそがオレの運命の人だったんだ!」
〇〇「え……!?」
突然の言葉に、耳を疑う。
陽影「……」
〇〇「陽影さん……?」
沈黙が、辺りを支配する。
天に掛かった虹だけが、静かに浜辺にいる私達を見下ろしている。
陽影「オレ……」
やがて沈黙を破ったのは、陽影さんだった……
太陽が彼の鍛えられた体と、その体に伝う水滴を光らせる。
陽影「もし、祭のフィナーレにオマエと一緒に花火見られたら……告白しようと思ってたんだ」
〇〇「え……」
私を見下ろす、見たこともない彼の真剣な眼差しに、言葉を失ってしまう。
陽影「なんかオマエは……特別な気がして、このまま何も伝えずに国に帰しちゃいけない気がしたから。 だけど祭は中止になっちまったし、このまま胸に秘めておこうと思ったけど、やっぱそんなのダメだ!」
すっと彼の瞳が男らしい輝きを湛え、私を見つめる。
陽影「オレはもっとオマエと話がしたい。これからも側にいたいんだ……。 どうか……このまま帰って終わりなんかにしないで、オレと恋人になってくれないか?」
私の頬は、きっと真っ赤に染まっている。
(嬉しい……)
彼の真っ直ぐな視線と言葉が、ただ私の胸を熱くさせて…-。
〇〇「はい……!」
自分の気持ちを確かめるように、私はしっかりと頷いた。
陽影「良かった……。 これでこれからも〇〇と一緒にいられる」
心からの喜びの声が、彼の唇からあふれ出る。
陽影「これで親父にも、もう妃を考えろとか、うるせーことは言われないだろ!」
〇〇「き、妃!?」
今はもう、いつもの陽気な表情で笑う、彼のその言葉に、私は瞳を瞬かせる。
陽影「あっ、すまん!! いきなり妃は唐突過ぎた! そうじゃなくて……その……。 あーーー! オレ、こういうとこがダメなんだよな……」
がっくりと肩を落とす彼が、なんだか愛おしくて……
〇〇「……嬉しいですよ」
素直な気持ちを言葉にして、彼に微笑みかける。
陽影「〇〇……そっか!良かった!」
すると…-。
〇〇「あ……!」
体がふわりと抱き上がり、彼の腕に抱きとめられた。
〇〇「ひ、陽影さん!?」
陽影「へへっ……女ってさ、ちっこくてなんか苦手だったけど。 オマエのことは、すげー好きだ!」
〇〇「ありがとう……」
まだ濡れた陽影さんの体にぎゅっとしがみつくと、彼は私の額にキスを落とした。
そのキスには、優しく包み込むような暖かさがあって…-。
(陽影さん……まるで太陽のような人)
だけどその炎は熱くても身を焼いてしまうようなことはない。
包み込むような安らぎと情熱の炎と、これからずっと、変わらないまま……
(ずっと、一緒にいたい)
そう確かに思いながら、三重の虹を仰ぎ見る。
空に掛かる虹は、私達を祝福するように、美しくその色を湛えていた…-。
おわり。