夜空では、無数の花火が音と光を散らしている。
(どうして……?)
突然重ねられた唇に、私の心臓が震え出す。
大きく鳴り響く鼓動に、私にはもう花火の音すら聞こえなくなっていた。
陽影「……」
かすかに触れた唇が、やがてゆっくりと離れて…―。
両頬を手のひらで包まれれば、目の前には少しだけ目を潤ませた陽影さんの凛々しい顔……
〇〇「……」
陽影「〇〇……」
この上なく優しい声で、陽影さんが私の名前を呼ぶ。
(陽影さん、目が赤い……頬も……酔っているの?)
じっと見つめていると、唇に笑みが乗せられ、今までにない熱い眼差しが私を捉える。
陽影「オマエ……こんなに綺麗だったんだな。目の中に光がきらめいて、万華鏡みたいに輝いてる」
〇〇「あの……何を」
陽影「無粋なこと言うなよ、今は祭の最中だぜ……知ってるか?」
〇〇「……?」
陽影「この祭は元々、島の始祖の女神と男神が出会ったことを祝ったのが発祥なんだ。 オマエに出会わなきゃ、オレは今でも眠っていた……そう考えたらオレは思うんだ。 出会えたことすら、奇跡だって……」
〇〇「陽影、さん……?」
(こんなことを言うような人じゃないはずなのに……)
陽影「〇〇……」
〇〇「……っ」
重ねられた指先が深く絡まり、彼の体が私に寄せられて、耳元で名を呼ばれた。
まるで空を覆い尽くす花火の光に煽られたように、背中をちりちりと熱に焼かれる。
陽影「なあ……オレの側にいろよ?」
〇〇「……はい」
私は、小さく頷いた。
陽影「約束……だぞ……」
吐息がかかるほどに顔が近づいて、また唇が重なりそうになった時……
(お酒臭い……?)
陽影「……」
〇〇「陽影さん……? 陽影さん……!?」
しなだれかかるように、彼の体が私の体に覆いかぶさる。
〇〇「え……寝て……る?」
(よく見れば……顔が真っ赤だ……そんなに酔っていたのかな)
〇〇「大丈夫だって、言ってたくせに」
ほっとしたような、残念なような複雑な気持ちになり、私はがっくりと肩を落とす。
陽影「……」
私に身を預けた陽影さんは、やがて静かな寝息を立て始めた…―。
翌日…―。
蓬莱を去る準備を終えた私を陽影さんが迎えに来た。
陽影「……送ってく。ああー……ダルい……少し呑み過ぎたか……」
〇〇「大丈夫なんですか?」
陽影「大丈夫、大丈夫……イテテ、完全に二日酔いだな」
〇〇「……」
(……昨夜のことは、覚えてないのかな?)
祭が見せた、一夜限りの甘い真夏の夜の夢のようなキス……
(だいぶ酔ってたみたいだし……覚えてないんだろうな)
陽影さんの様子に、胸がちくりと痛む。
(私……)
…
……
言葉も交わせないまま、私達は二人で海岸を歩いていた。
(もうすぐ、お別れ……)
胸に痛みを抱えたまま、陽影さんの顔が見れずにいると…―。
陽影「〇〇」
〇〇「え……?」
今までの気だるさが嘘のような、陽影さんの澄んだ声が耳に響いた。
陽影「あの時の言葉、オレは嘘や冗談のつもりで口になんかしてないからな」
〇〇「陽影さん……あの時のこと、覚えて…―?」
私の問いかけに、陽影さんが凛々しい目を細める。
陽影「必ずオレの元にまた戻って来い、いいな?」
〇〇「……っ!」
胸の痛みが、嬉しさへと変わっていく。
陽影「……返事は、〇〇?」
〇〇「……はいっ!」
いつになく、大きな声を出して頷いてしまうと、陽影さんはくすくすと肩を震わせて笑う。
陽影「いい返事だ」
そして、私の前髪を掬いあげると、そのまま額にそっと口づけを落とす。
〇〇「……お酒臭いですよ?」
陽影「るせー……あの時も今も、オレは真剣だ」
そう言って、今度はあの時と同じように、唇にキスが落とされる。
〇〇「ん……」
(来年のお祭りも、陽影さんと一緒に……)
彼の逞しい腕に抱かれながら……
打ち寄せる波の、心地良い音をいつまでも聞いていたいと、私はそんなことを思っていた…―。
おわり。