街は、楽しそうな人々の声に満ち溢れている。
(今日が終わったら、陽影さんとはもうお別れ……)
さきほどから胸に、寂しさが募るばかりだった。
(陽影さんは……どう思っているんだろう)
目の前で出店の店主と話し、かき氷を注文した陽影さんを見る。
(聞いてみたい……)
そう思うものの、今一歩、ほんの少しの勇気が出ない。
(私にも、陽影さんみたいな、思いきりの良さがあればいいのに)
せっかく手にしたかき氷に手を付けない私を見て、陽影さんが眉を上げた。
陽影「何オレのこと見てんだよ。話したいことでもあるのか?」
〇〇「……!」
陽影「ほらな、そうやって変な遠慮すんの、オマエの悪いとこだぞ!?」
コツン、と額を指で弾かれて……
〇〇「痛っ……」
陽影「え!? わ、悪いっ! そんな痛かったのか!?」
慌てて弾いた額を手のひらでさすり、小さな子どもにするみたいに息を吹きかける。
(顔が、近い……!)
〇〇「だ、大丈夫ですよ、ただちょっと……」
陽影「何?」
〇〇「明日になったら、もう帰らないといけないと思うと寂しくて」
陽影「……」
思い切って言ったその言葉に、陽影さんの表情がわずかに暗くなる。
だけどそんな気持ちを吹き飛ばすように彼は豪快に笑った。
陽影「今は、そういう湿っぽいのは、ナシ! 祭を存分に楽しもうぜ!」
〇〇「……はい」
(今は、陽影さんとの時間を楽しもう)
いつもと変わらない陽影さんの様子に、私もそれ以上は何も言わないことにした。
…
……
やがて太陽は西へ傾き、オレンジから群青へのグラデーションを空に落とした。
私たちは日が暮れると、フィナーレの花火会場へとやってきた。
一般の人々は入れない特別に設けられた席で、空が彩られるのを待ちわびる。
陽影「やっぱ祭には、酒がつきものだよな!」
陽影さんはなみなみと酒の注がれた盃を傾けながら、空を見上げる。
〇〇「大丈夫ですか? さっきから、かなり呑んでいるような」
陽影「だーいじょうぶだって! こんなの水とおんなじ…―」
その時……
〇〇「……っ!」
大きな破裂音とともに、夜空に大輪の花が開いた。
天空で散った光の粒が、私達を照らし出す。
〇〇「綺麗……」
陽影「ああ」
間髪入れずに、何十発もの花火が次々に打ち上がる。
見る間に空は光の洪水に包まれて……
(本当に綺麗……)
音と光が織り成す夏の夜のシンフォニーに、瞬きすら忘れて、私達は夢中になった。
陽影「〇〇」
音の合間に、名を呼ばれた気がした。
〇〇「陽影さん……?」
そっと隣り合って座るまま、彼の指先が私の手に重なる。
空気を振動させる花火の音のせいなのか、その手は少しだけ震えているように感じた。
〇〇「陽影さ…―」
再び、彼の名前を呼ぼうとしたその時…―。
〇〇「っ……」
私の唇に、柔らかいものが押し当てられた。
私より少しだけ熱いそれは……
(陽影さんの……唇……!?)
色とりどりの光が舞う夜空の下、私は陽影さんに口付けられていた…―。