月SS あの頃と同じ

父王からクローディアスの王位継承権が7歳になっただけでは認められないと聞いて……

全身が、心が……絶望に支配された。

(……私に生きる資格はない)

それは、オフィーリアを失った時に決められたこと…―。

あの優しい、白い花のように可憐な女性を失ったのは、私のせい……

そんな私がのうのうと生きることが、許されるはずがなかった。

(だが、私はこの国の王子だ)

(何があっても、国民を捨てることは許されない)

(だから……)

弟がいることが、私にとって唯一の希望だった。

クローディアスが国を継げるようになれば、国民への義務は果たし終えることになる。

(だからその日を心待ちにしていた)

(……心待ちにしていたというのに)

残酷な夕陽が、彼女の頬に影を作っている。

彼女をベッドに押さえつけ、絶望の縁から生まれた恨みをぶつける。

(なぜ、こんなことを……オフィーリアのことを知っているならば、私の死の意味もわかるだろうに)

胸中につもりゆくのは、オフィーリアの元へ行けないという絶望で、今の私には、顔を上げることも難しかった。

(オフィーリアの元へ向かいたかった。それなのに、私は……)

恨めしい思いで彼女を見つめるが……

(……涙?)

彼女の目から溢れた雫が、一筋落ちていった。

レイヴン「……どうして君が泣くの?」

指先でぬぐった涙は温かい。

温もりに満ちた雫を次々こぼしながら、彼女はつぶやいた。

○○「死ぬなんて、言わないで……」

唇を震わせながら、彼女は私を抱きしめる。

○○「私にできることなら、なんでもしますから……」

その瞬間、窓の外で風が吹き、穏やかな夕陽が私達を包み込んだ。

レイヴン「なんでも……?」

鼻先に、部屋中に……白い花の香りが狂おしいほど流れ込む。

(この優しき心、純粋な涙……なぜ私は気づかなかったんだ)

(そうか……そうだったんだね……)

胸に満ちていく思いは、久方ぶりの安らぎを与えてくれた…―。

……

翌日…―。

私は彼女を呼び出して、お茶会開いた。

私と、彼女と、クロードと……3人分を用意した。

もちろん彼女の席は、私の左隣だ。

(ああ、やはり……)

隣に座らせた彼女を見て、確信した。

(本当に、なぜ気づかなかったのだろう。君はこんなに近くにいたのに)

(ねえ、そうだよね……?)

彼女は戸惑いがちに私をうかがう。

(突然この席に座らせたから驚いているんだね?)

(この間はここに座らせなかったから……でも、許しておくれ)

(先日は、君がここにいたことに気づかなかったんだよ)

語りかけながら、彼女にお茶を差し出した。

レイヴン「どうぞ。熱いから気をつけて。 夕食の前だけど、スコーンも、バケットサンドもあるから」

(君が好きだったスコーンとバケットサンド……喜んでくれるかな)

彼女と一緒に食べた日々が脳裏を過る。

こうして、日暮れ間近の花畑で茶会を開き、茜の空が藍色へ変わっていくのを見つめていた……

私達の席は、いつだって隣同士だった。

(ああ、本当にあの時と同じ……)

スコーンを口に運ぶと、懐かしい甘みが染み込んだ。

レイヴン「おいしいね」

私の言葉に、彼女も嬉しそうに頷いてくれた。

(ああ、君も喜んでくれるんだね)

込み上げる思いを抱きしめながら、私は彼女を見つめ続けた…―。

……

日が暮れて、星が昇り始めた頃、私達は晩餐会の準備のために部屋へ戻った。

レイヴン「さあ、ここに座って」

(君を、あの時のようにしてあげなければいけないからね)

鏡の前に彼女を導き、座らせる。

○○「あの……?」

戸惑うように視線を泳がせる彼女を安心させるように、私は鏡越しに微笑んだ。

あの頃と同じように、彼女の髪にブラシを通す。

レイヴン「綺麗な髪だね……」

(何も変わらない……あの頃と同じように美しいよ)

昔のように、彼女の頭のてっぺんに口づけると、彼女は戸惑いながらも微笑んでくれた。

(笑顔が明るくなってきたね。君も思い出してくれたのかな)

(もっと昔を思い出すようなものを用意してあげれば、安心してくれるかもしれない)

そのためのものは用意してある。

(この、白い花を……)

花瓶から抜き取った純白の花を、彼女の髪にそっと飾った。

レイヴン「はい、これでもっと綺麗になったね」

(……間違いない)

レイヴン「……よく似合うよ」

(君は…―)

その時、開いた窓から大きく風が吹きつける。

レイヴン「―――」

オフィーリア。

私の声は風の音に搔き消されたが、きっと彼女には伝わったはずだ。

(その目が告げている……私を見つめる、君の目が)

月の光が淡く差し込む部屋の中、私達はただじっと、見つめ合った…―。

 

 

おわり。

 

 

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