クローディアスと〇〇様とピクニックに行った後…-。
日暮れの迫る部屋の中、私は一人、考え込んでいた。
(オフィーリアを失ってから、私はこの命の果てる時を望み続けていた……)
(だというのに……)
(〇〇様の笑顔がまぶたの裏から離れない……)
―――――
クローディアス『ぼく、白いお花なんてきらい……。 白いお花はお兄さまを遠くに連れていってしまうから、きらいだよ……』
―――――
うずくまったクローディアスを、〇〇様が抱きしめる。
その手のひらは慈愛の心に満ちていた。
(彼女と一緒にいると、私までその温もりに包まれてしまう)
レイヴン「……謝らなければ」
ひどい態度を取って、彼女に不快な思いをさせてしまった。
レイヴン「……彼女は、部屋にいるのか?」
ぼんやりする頭を無理矢理起こし、立ち上がる。
(謝罪だけ……それ以上のものを、求めてはいけない)
そう心に誓い歩き出したが…-。
〇〇様の滞在する客室に向かうと、彼女は一人で考え事をしていた。
(私が、彼女を悩ませてしまった……)
その罪悪感が私を襲う。
(だからだろうか……彼女に乞われるままにオフィーリアのことを話してしまった)
(誰かに話すことなど、考えたこともなかったのに……)
それでも、彼女にならば素直に言える。
(なぜ……)
自身に問うものの、本当はその答えをすでに知っていた。
(まだ、オフィーリアの笑顔を思い出すことはできる……)
(しかし……)
小さく息を吐いて、彼女を見据える。
レイヴン「でもね……人間というのは、したたかなものです。 段々に、忘れていくのです……彼女の声や、肌の香りや、微笑みを」
(生きるために……)
(苦しみに囚われたままでは、前に進むこともできないから)
(でも私は……進みたくなどなかったのに)
レイヴン「胸の痛みはそのままなのに、彼女がいない季節の中に、私はあさましく生きている。 そのことに絶望して、私は決めました。ただクロードのためだけに生きる人形になろうと」
そう告げると、彼女は悲しげに眉を寄せた。
(……そういう顔をされる度に、私の心は乱されていく)
(なぜ、彼女に対して素直になってしまうのだろう)
けれどその答えは、もうすでに出てしまっている。
(……彼女が私にとって、大切な人になりかけているからだ)
求めたくないその救いが、私の胸をどうしようもなく締めつける。
レイヴン「なのに、あなたといると楽しくて。 バケットサンドや、風の音、クロードの笑い声……そんなものが愛おしくてたまらなかった。 そんなふうに、思いたくなかったのに。思ってはいけなかったのに」
私の罪は、決して償えるものではない。
それでも私の心は、〇〇様を求めてしまう。
レイヴン「……あなたといると……私は、声を立てて笑う。 ……あなたにどうしようもなく、すがってしまう。 もっと一緒にいたいと思ってしまう。 こんなことは……許されない」
震える指を、握りしめる。
そんな私に、〇〇様は静かに笑みを浮かべた。
〇〇「……許されるに、決まっています。 レイヴンさんを愛していた人が、レイヴンさんが何の楽しみもなく生きていて嬉しいわけがありません」
レイヴン「〇〇様……」
すがるように顔を上げる私を、彼女が優しく抱きしめた。
レイヴン「〇〇様……」
祈りの言葉を囁くようにその名を呼んで、彼女の体を抱き寄せる。
かしずくように肩口に額を寄せた私に、彼女の穏やかな声が届いた。
〇〇「レイヴンさん……。 明日、またピクニックに行きましょう? サンドウィッチ作りますから」
レイヴン「ありがとう……」
私の心に、雨が降り注ぐ。
それは優しく、穏やかな雨……
(ああ……)
祝福の光のようなそれに感謝しながら、彼女の首筋に口づける。
(私の心に、〇〇様が芽吹きをもたらす……)
レイヴン「オフィーリア……お前も私を許してくれるのか。 〇〇様と一緒にいたいと思うこの気持ちを……」
(君を忘れるわけじゃない……だが、私は…-)
その瞬間、柔らかな風が私達を包み込む。
その風には、甘やかな白い花の香りが染み込んでいた。
(オフィーリアの好きだった花……)
この部屋にはないはずの花の香りが、優しく包み込んでくれる。
暖かな空気に包まれたまま、私は〇〇様の体を、強く抱きしめた…-。
おわり。