その夜…-。
私は、部屋で一人考え込んでいた。
(クローディアス君の泣き声が、耳から離れない……)
ソファーに座り、膝に顔をうずめた時……
レイヴン「〇〇様」
扉がノックされ、レイヴンさんが入ってきた。
レイヴン「先ほどは、大変失礼致しました……。 お見苦しいところをお見せしてしまいました」
〇〇「いえ……」
私は立ち上がり、レイヴンさんのために紅茶を淹れる。
〇〇「謝らなくてはならないのは、私のほうです」
レイヴン「……?」
〇〇「ごめんなさい……先日、執事さんとお話ししているのを、聞いてしまいました」
レイヴン「……!」
〇〇「クローディアス君からも……聞いてしまって。 ごめんなさい。でも、教えていただけませんか……? オフィーリアさんのこと……」
レイヴン「……」
しばらく黙り込んでいた彼が、窓辺に腰をかけ、やがて静かに口を開く。
レイヴン「彼女は……オフィーリアは、私の全てでした。 輝きも、悲しみも、私は彼女を通して感じていたのです。 彼女が笑えば幸せで、その為なら何でもしてあげたいと思っていた。 だからオフィーリアが亡くなってから、しばらく私は何も感じなくなってしまったのです。 毎日死ぬことばかり考えていたのですよ。 クロードが7歳になって、国を継ぐ資格を持てる日まで……と。 そう思うことでしか、生きられなかったのです。 そんな時、ユメクイに襲われ、夢を奪われました。 遠い遠い意識の中で……私は、絶望していました。だって、死ぬこともできないのですから。 あなたがその指輪で長い眠りから私を起こしてくれた時、あなたのことを本当に天使だと思いました。 ああ、これでやっと彼女のもとへ行けるって」
〇〇「そんな……」
レイヴンさんの静かな声に、私の胸が悲しく軋む。
レイヴン「でもね……人間というのは、したたかなものです。 段々に、忘れていくのです……彼女の声や、肌の香りや、微笑みを。 胸の痛みはそのままなのに、彼女がいない季節の中に、私はあさましく生きている。 そのことに絶望して、私は決めました。ただクロードのためだけに生きる人形になろうと」
自分をあざけるように、彼は笑う。
レイヴン「なのに、あなたといると楽しくて。 バケットサンドや、風の音、クロードの笑い声……そんなものが愛おしくてたまらなかった。 そんな風に、思いたくなかったのに。思ってはいけなかったのに。 ……あなたといると……私は、声を立てて笑う。 ……あなたにどうしようもなく、すがってしまう。 もっと一緒にいたいと思ってしまう。 こんなことは……許されない」
レイヴンさんが、消え入るように言ってうなだれる。
〇〇「……許されるに、決まっています。 あなたを大好きだった人が、あなたが何の楽しみもなく生きていて嬉しいわけがありません」
レイヴン「〇〇様……」
レイヴンさんが、すがるように私を見つめる。
私は、彼を抱きしめずにはいられなかった。
レイヴン「〇〇様……」
繰り返し、彼は私の名前を呼ぶ。
彼の腕がためらいがちに私を引き寄せ、そっと私の肩に頭を落とした。
〇〇「レイヴンさん……。 明日、またピクニックに行きましょう? サンドウィッチ作りますから」
レイヴン「ありがとう……」
彼が、こわれものに触れるように、私の首筋にそっと唇を落とす。
レイヴン「オフィーリア……お前も私を許してくれるのか。 〇〇様と一緒にいたいと思うこの気持ちを……」
恐れるように私を抱きしめ、彼はかすかに肩を震わせた。
(私にできること、見つけた……)
(彼と、楽しいことをたくさんしよう)
(明日、お天気だといいな……)
鼓動を感じていたくて、私は彼の胸に顔を預ける。
その時……
あの白い花の香りが、風に運ばれて優しく私達を包み込んでくれた気がした…-。
おわり。