少しだけ肌寒いこの日、真上から降り注ぐ太陽が私の頬を温かく撫でる。
オープンカフェに入った私達は、向かいあって座り、黙り込んでいた。
(コーヒーだけと仰ってたのに……また、気を遣わせてしまったかな)
レイヴンさんは食べ物をたくさん注文してくれる。
(でも、お昼時だし……少しでも召し上がって欲しい)
焼きたてのバケットに、野菜や生ハムやチーズを挟んだサンドウィッチ。
ほかほかと湯気を立てる玉ねぎのポタージュ。
(どれも、すごく美味しいのに……)
レイヴンさんは、私が食べるのを穏やかに見守るだけで、何にも手をつけようとはしなかった。
〇〇「あの……これ、すごく美味しいですよ」
皿からバケットサンドを取って、レイヴンさんに差し出してみる。
レイヴン「私はよいのです。〇〇様がお召し上がりください」
〇〇「でも……」
(昨日から、ほとんど召し上がってないし……)
(ちゃんとひとりの時は、お食事してらっしゃるのかな)
心配が募り、私は思わず顔をうつむかせる。
レイヴン「……なぜ貴女がそんなお顔をなさるのですか」
微かに笑う声が聞こえ、少し嬉しくなって顔を上げると……
不意にバケットサンドを持つ私の手首が、彼の骨ばった指に掴まれる。
〇〇「……っ」
驚いて固まっていると、そのままぐい、と引っ張られた。
そのまま彼は自分の口元に寄せて一口かじると、微笑んだ。
レイヴン「とても美味しいですね」
突然の出来事に、胸が早鐘を打ち始める。
〇〇「……よかったです!」
頬を熱くしながらも、食べてくれたことが嬉しく、思わず笑顔がこぼれてしまう。
でも……
レイヴン「……けれど私には、必要ない」
(え……?)
小さくそうつぶやいた彼の唇が、かすかに歪む。
その言葉に、私の胸はしんと静まり返ってしまった…-。
…
……
城下町からの帰り道、私達は突然の夕立に襲われた。
レイヴン「どうぞ。お風邪を召します」
レイヴンさんが、あわてて私に上着を被せてくれる。
〇〇「レイヴンさんが濡れてしまいます」
レイヴン「私は……良いのですよ」
雨に髪を濡らせるままに、レイヴンさんが瞳を閉じる。
レイヴン「さあ、帰りましょう」
まだ降り止まぬ雨の中、上着の上から肩を抱かれ、私達は走り出す。
(なんだか……胸がドキドキする)
冷たい雨に打たれても、不思議と寒さは感じなかった。
…
……
夕立が去り、空に美しい夕焼けが広がる頃、私達は城にたどり着いた。
〇〇「上着、ありがとうございました」
レイヴン「すぐにメイドに湯浴みの準備をさせますので、温まってくださいね」
レイヴンさんは、びしょびしょに濡れた指先を私の肩に置く。
レイヴン「お寒くはありませんか?」
〇〇「いえ。レイヴンさんが上着を貸してくださったおかげでほとんど濡れませんでしたから」
レイヴン「それは、よかった……」
彼は、気遣わしげに私の頬に触れる。
その指がとても冷たくて、私は思わず息を飲んだ。
〇〇「あの、レイヴ…-」
レイヴン「では」
一礼すると、彼はきびすを返し去っていく。
(大丈夫かな……)
彼の後ろ姿が見えなくなるまで、私はそこに佇んでいた…-。
…
……
その夜…-。
(ひどい熱……私のせいだ)
レイヴンさんのベッドの横で、私は氷水にタオルを浸している。
眠っているレイヴンさんは、ひどく熱にうなされていた。
(大きなベッド……それに、枕が二つ……?)
彼は左側を開けるように、ベッドの片隅に眠っている。
額の濡れタオルを変えようとした時……
レイヴン「オフィーリア……?」
(え……?)
熱のせいでひどく熱い彼の腕が、私を力強く抱き寄せる。
レイヴン「オフィーリア……ああ、会いたかった……」
ゆっくりと彼の瞳が開かれて、彼の瞳に私が映ると……
その表情が、凍りついた。
―――――
レイヴン『オフィーリア、君の好きな花が咲いたよ』
―――――