時刻はもうすぐ3時を迎える…―。
オレは、○○ちゃんとのお茶会のために、ある物を取りにこの部屋に来ていた。
マーチア「まじでピッカピカ」
棚からお目当ての物を取り出し、それを眺める。
何年も昔、アリスがこの国に訪れた時に、じじいとのお茶会で使ったティーカップ…―。
最近まで古ぼけて曇っていたそれは、今は美しく光り輝いていた。
マーチア「隠れていただけで、本当はこんなに綺麗なカップだったんだ」
(まるで○○ちゃんみたい)
このカップを磨いてくれた彼女のことを思い浮かべる。
(大人しくて、ただそこにいて……)
(他の女の子がいると、見えなくなっちゃいそうな、地味な女の子……)
マーチア「だと思ってたんだけどな~」
(オレは、このカップみたいに、今まで気づけなかったんだ)
(本当は誰よりも光り輝いている、綺麗な女の子だったってことに)
(毎日たくさんの女の子と、楽しいことをしていれば幸せって思っていたけど……)
(そこにいるだけで幸せって、それって結構すごくない?)
マーチア「もしかして、じじいもこんな気持ちだったのかな……」
ふと、じじいのことを思い出した。
じじいはアリスのことを、オレには全然教えてくれなかった。
(教えるのが、もったいなかったのかもな……こんな特別な気持ち)
マーチア「まあ、いない人間の気持ちを考えたって、わかるわけないか」
考えるのがめんどくさくなって、オレはカップをトレイの上に乗せた。
マーチア「さあ、○○ちゃんとのお茶会が始まっちゃう」
高鳴る気持ちを抑えて、オレは彼女との楽しいお茶会へと向かった。
時計が、午後の3時を告げた。
…
……
お茶会が終わり、オレと○○ちゃんで後片付けをする。
といっても、ほとんど彼女が片づけているようなものだけど。
(メイドに任せればいいのに、○○ちゃんって、やっぱ真面目)
(まあ、それがいいって思っちゃってるんだけどさ)
食器を棚に戻しながら、○○ちゃんを見る。
彼女は、アリスのカップを両手で包み込むようにして優しく洗っている。
(あの時も、こうやって洗ってくれたんだ……)
(あんなに大切そうに)
心のこもった洗い方に、彼女の優しさがにじみ出ている気がした。
不意に胸が音を鳴らす。
(やばい、今すぐ欲しくなっちゃいそう)
溢れそうな気持ちを抑えきれず、オレは○○ちゃんを後ろから抱きしめた。
マーチア「ホント、君っていいお嫁さんになりそう」
○○「っ……!」
腕の中で彼女が恥じらうように体を震わせた。
(それさえも可愛い……)
マーチア「柄でもないんだけど、街の子達とは違う、君のこういうとこ見てると……。 刺激のない普通の生活も、悪くないかなって思っちゃう」
(うまく説明できないけど、そんな感じ)
(華やかじゃなくても、そこにいるだけでいい)
(彼女のちょっとした仕草がいい。彼女のちょっとした優しさがいい)
(すごく大切にしたくて、大切にされたいような……)
(もしかして、こういうのが本当の恋?)
行き着いた答えに、オレ自身が恥ずかしくなって、顔が熱くなっていく。
(うわ~……オレ、恥ずかしいこと言ってる……)
○○「マ……マーチア?」
(きっと顔が真っ赤になってるよ……)
だから、○○ちゃんが振り向こうとしたのを、オレは慌てて遮った。
マーチア「だーめ、今オレの顔見ないで。ちょっと恥ずかしいこと、言っちゃったかもって顔してるから」
(こんな格好悪いところなんて見せなくないって)
(好きなら……なおさら……)
ふと、○○ちゃんの甘い香りが鼻先をくすぐった。
マーチア「ふふ……○○ちゃん、いい匂い。 紅茶や花の匂いもいいけれど、石鹸の香りのする女の子も素敵だね」
首筋に顔をうずめて、彼女をいっぱいに感じる。
(こうしているだけで、幸せを感じられるんだから)
(キミ、結構凄いんだよ?)
心の中だけで、彼女に問いかけた。
マーチア「ね、○○ちゃん、また今日みたいにオレと二人っきりのお茶会、してくれる?」
(たぶんオレは、毎回こんな幸せを感じられるから)
○○「あ……あの」
○○ちゃんは、すぐに返事はくれなくて、戸惑ったような声をあげた。
それが少し不満だけど、彼女らしくて笑ってしまった。
マーチア「やっぱり、返事は聞かない。ダメって言われても、オレきっと誘っちゃうから」
(そう、返事なんていらない。オレがそう決めちゃったんだから)
(彼女と一緒にいたいって、ね……)
…
……
それから……結構日にちが経って…―。
今日は○○ちゃんとの何回目かのお茶会。
マーチア「あれ? 今日のお茶会って何回目だっけ?」
○○「えっと………」
○○ちゃんが一生懸命、指折り数え出す。
それを見てオレは思わず笑ってしまった。
マーチア「不思議だよね~」
○○「え?」
マーチア「だってさ、外にはカジノとか、買い物とか楽しいことがたくさんあるのに。 オレってば、今日も○○ちゃんとお茶会してる。 こんな、なんでもな~い普通で地味なお茶会なのにさ。
不思議~」
○○「そう……だよね……」
彼女が落ち込んだように、視線を落とした。
(ああ、もう。ま~た暗いほうに考えてる)
マーチア「ねえ、わかってる?」
○○「え?」
オレは、テーブルの上に身を乗り出すと、彼女にキスをした。
マーチア「そういうなんでもないお茶会が、他のどんなことよりも楽しいって言ってるんだよ」
○○「マーチア……」
彼女は頬を染め、長いまつ毛を伏せる。
マーチア「○○ちゃんのキス、甘くておいしい」
○○「っ……!」
わざと自分の唇を舌で舐めた。
彼女の顔が見る見るうちに真っ赤に変わっていった。
マーチア「さあ、なんでもないお茶会、始めよっか」
開始の合図のように、彼女の唇に、またキスをした。
(なんでもないお茶会……)
(けど、最高のお茶会!)
テーブルの上でアリスのティーカップが太陽の光をはじいて輝く。
それはすごく目映く、美しかった…―。
おわり