午後の中庭に、穏やかな陽射しが差し込んでくる。
アリスのカップを手にした私の前で、マーチアはにっこりと微笑んで……
マーチア「きっとこのカップも飾られたままより、君みたいな子に使って欲しかったんだな」
〇〇「え…―?」
彼の言葉の意味をとらえきれずにいると、マーチアが静かに瞳を閉じた。
マーチア「すっごい偶然だと思うんだ」
〇〇「偶然?」
マーチア「オレ、初めてだったんだ。これ使ったの。 飲みかけのまま置いてっちゃったけど……そしたら、君がこれを見て、綺麗にしてくれた。 なーんか、運命感じちゃうよね」
カップと、私を見るマーチアの目が幸せそうに細められる。
〇〇「そうだったんだ……」
マーチア「ホントに、特別な気持ちなんてなかったんだ。ただ、なんとなくこのカップを使ってみただけ」
クスクスと、マーチアは楽しそうに笑いながら、クッキーを摘み上げた。
そして…―。
マーチア「はい、〇〇ちゃん。あーん…―」
〇〇「え?」
マーチア「ほらぁ、恥ずかしがらないで口開けてよ」
控えめに唇を開くと、彼の指から丸いクッキーの端が口の中に押し込められる。
真白い粉砂糖に包まれたクッキーが、口の中でほろほろと崩れていく。
〇〇「おいしい……」
少しだけ気恥ずかしくて、その気持ちをごまかすように紅茶を口に含む。
マーチア「ふふ……アリスもこんな感じだったのかな」
〇〇「え?」
マーチア「そのカップを使って、オレのおじいちゃんがこうしてその前に座って…―」
〇〇「マーチア……うん、きっとそうだよ」
アリスとマーチアのおじい様が過ごしたのは、きっと今みたいな楽しい時間……
その情景を思い描いて、胸が温かい気持ちになった。
すると…―。
マーチア「……君の唇、マシュマロみたいで美味しそうだな。 ねえ、前みたいに味見してもいい? いいよね?」
〇〇「えっ……!」
突然に、身を乗り出して唇を近付けてきたマーチアの肩を、慌てて押さえる。
マーチア「ちえっ、ケチ臭いの、減るもんじゃないのに」
可愛らしく唇を付き出して文句を言うけれど、目元は楽しそうに笑っている。
(もう……)
その時…―。
庭に心地の良い風が吹いて、一枚のバラの花びらが、紅茶の注がれたティーカップに舞い落ちた。
マーチア「ふふ、このバラの花びらは、逆に君に食べられたいみたい」
花びらの浮かんだカップの縁を指先でなぞって、マーチアがくすりと笑う。
私もその笑顔に続くように、赤い花びらの優雅さに微笑んだ……
…
……
楽しいお喋りと共にお茶会は幕を閉じて、私達は一緒に片付けをすることにした。
大切なアリスのカップは丁寧に、包み込むようにして洗う。
すると、お皿を戸棚にしまっていたはずのマーチアがいつの間にか私の後ろに立って……
突然に背中から抱き締められて、胸が大きく音を立てた。
(マーチア……?)
いきなりのことに、ティーカップを洗っていた手がぴたりと止まってしまう。
マーチア「ホント、君っていいお嫁さんになりそう」
〇〇「……っ」
マーチアの長い耳が首筋に触れて、くすぐったい。
マーチア「柄でもないんだけど、街の子達とは違う君のこういうとこ見てると……。 刺激のない普通の生活も、悪くないかなって思っちゃう……」
〇〇「マ……マーチア?」
いつもの彼とは違う甘い囁き声に、つい後ろを振り向こうとすると……
マーチア「だーめ、今オレの顔見ないで。ちょっと恥ずかしいこと、言っちゃったかもって顔してるから」
かすかに声を小さくして、私の首筋に鼻をすり寄せる。
マーチア「ふふ……〇〇ちゃん、いい匂い。 紅茶や花の匂いもいいけれど、石鹸の香りのする女の子も素敵だね」
クスクスと幸せそうに耳元で微笑まれて、頬が熱を帯びていく…―。
マーチア「ね、〇〇ちゃん、また今日みたいにオレと二人っきりのお茶会、してくれる?」
〇〇「あ……あの」
とびきりの甘い声が頭に響いて、恥ずかしさに答えられずにいると…―。
マーチア「やっぱり、返事は聞かない。ダメって言われても、オレきっと誘っちゃうから」
迷う私の言葉を遮るようにマーチアは言い切って、私を抱きしめる腕に力を入れた。
(温かい……)
さらに高鳴る心臓の音に、頭の中を熱くさせながら……
彼の腕の中で、私は静かに頷いたのだった…―。
おわり。