それは〇〇ちゃんを連れて買い物をしている時だった…―。
〇〇「マーチアさんって……わからない」
〇〇ちゃんはそう言うと、今にも泣きそうな顔をした。
マーチア「え、ちょ、ちょっと待って! ね、笑ってよ。なんでそんな寂しそうな顔するの!?」
(オレは、ほんのちょっと思ったことを言っただけだったのに!)
彼女はオレから目を逸らし、微かに唇を噛んだ。
―きっかけはたぶん、オレが言ったあの言葉だ。
―――――
マーチア『……君ってほんと、会話の弾まないお茶会くらいつまんない。 そんなじゃ、いつまでたっても恋人の一人もできないよ?』
―――――
(別に思ったことを言っただけで……)
(だって、〇〇ちゃん、ちょっとした冗談でもすぐ怒っちゃうから……!)
彼女はうつむいたまま、顔を上げようとしない。
(まさか……泣いてる!?)
マーチア「うわぁ、どうしよう……女の子を泣かせちゃうなんて、オレ男としてサイテーだ……」
(今までオレの言葉で泣いた子なんていないのに!)
(泣いちゃうとか勘弁してよ!)
オレは頭……じゃない、耳を抱え、ポケットを漁った。
マーチア「ほらほらこれ見て!」
彼女に顔を上げてもらいたくて、思いつくままにマジックを披露してみせる。
マーチア「ワン、ツー、スリー、ポンっ!」
かぶっていた帽子を手に取って、逆さに向ける。
その瞬間、帽子の中から花が飛び出した。
〇〇「! わ……!」
彼女が驚いて目をまんまるくする。
(こんなので喜ぶなんて、今時、〇〇ちゃんぐらいだよ)
(でも、さっきの顔よりは全然いいや!)
マーチア「ああもうこうなったらこれも。こっちのこれも! どんどん行くよ!?」
小瓶やカップに指先で触れる。
それに合わせて鳥たちが中から飛び出していった。
(店の中が花とか動物でいっぱいになったって構ってらんないって!)
(とにかく、〇〇ちゃんが笑ってくれるほうが先決!)
オレは思いつく限りマジックを披露していく。
すると、やがて…―
〇〇「すごい!」
〇〇ちゃんは、瞳をキラキラ輝かせて、嬉しそうに笑ってくれた。
マーチア「!」
胸が音を立てた。
マーチア「君、いいじゃん!」
(〇〇ちゃんが、こんな表情を見せるのは初めてだ……)
(なんだ、超可愛いんじゃん!)
オレの言葉に驚いたのか、彼女はキョトンとした顔でオレを見つめる。
(さっきの笑顔、また見せてくれたらいいのに)
けど、さっきから胸がドキドキ鳴って、オレは何も言えなくなってしまった。
…
……
(オレが彼女を意識したのは、その時が初めて)
(それまでは全っ然つまらないし、退屈な女の子って思っていたのに……)
オレにとって〇〇ちゃんがちょっと特別な女の子になってから、数日後…―。
今日は彼女を夜の街に連れて行こうと、部屋に向かっていた。
(夜の街を見せたら、〇〇ちゃんはどんな顔で笑うんだろう……)
マーチア「あ~楽しみ」
(こんなに楽しいことは久しぶり)
ワクワクしすぎて、耳がくすぐったくなってくる。
マーチア「アリスがいた時も、こんな感じだったのかな? だからじじいは、オレに何も教えてくれなかったのかもな~」
少しだけ、じじいのことを思い浮かべるけど、すぐに頭からかき消した。
マーチア「まあ、いいや。ここにいないアリスのことなんてどうでもいい。 それよりも……」
オレは期待に胸を膨らませて、窓の外に目を向ける。
遠くの方で、街のネオンが輝いていた。
(早く彼女を連れて行ってあげよう……きっとまた可愛い笑顔を見せてくれるはずだから……)
マーチア「〇〇ちゃん、まだ起きてる?」
オレは高鳴る胸を押さえて、ドアの向こうに話しかけた。
(そう、君とオレの時間は、これから……)
…
……
あれから時が経って、今日は何度目かの〇〇ちゃんとの夜遊び。
そして、何度目かのビリヤードだけど…―。
マーチア「あ~あ、〇〇ちゃん、全っ然うまくならないよね」
彼女が突いた球が、何にもあたらずに、虚しくポケットに落ちていく。
〇〇「ごめんね……」
(あ~あ、ちょっと言っただけで肩落としちゃって……)
(こういう姿も、悪くないんだよね)
(オレ、たぶん今すごく意地悪な顔で笑ってるんだろうな~)
(よかった。〇〇ちゃんにオレの顔見られなくて)
マーチア「こうやるんだよ……」
〇〇ちゃんの背後に立つと、キューを持つ小さな手を上から握った。
〇〇「マーチア……」
見る見るうちに、〇〇ちゃんの耳も手も真っ赤に染まっていく。
(たったこれだけで真っ赤になるんだもん。可愛い~)
マーチア「まっすぐ先にある球を見つめて……」
〇〇「う……うん……」
耳元で囁くように言えば、オレの腕の中で彼女は身じろぎをする。
マーチア「〇〇ちゃん、オレにドキドキしていないで、集中して」
〇〇「わっ……わかってるよ……」
後ろから見てもわかるぐらい、〇〇ちゃんの首筋も真っ赤に染まっていく。
(可愛い~。真っ赤になって、ウサギみたい)
〇〇「マーチア?」
キスをしようと顔を寄せると、彼女は自然に瞳を閉じた。
その仕草を見て、初めて夜の街に二人で来た時のことを思い出す。
―――――
〇〇『……っ!』
マーチア『ハハッ! おっかしい~! キスをする時も目を開いたままなんて』
―――――
(最初はあんなだったのに)
唇を離して、〇〇ちゃんの顔を見つめる。
マーチア「目、閉じてキス出来るようになったね」
〇〇「……言わなくたって」
少し非難するように、彼女はオレを見上げる。
(ほんと、すぐ真面目に受け取っちゃうんだからさ)
マーチア「可愛いって言ってるんじゃん」
〇〇「っ……!」
(そうやって少しずつ、オレに染まっていってよ)
マーチア「もっと色々教えてあげるからね、〇〇ちゃん」
(彼女といると、毎日が新鮮で毎日が特別な日になっていく)
(きっとアリスがいた時よりも、今の方が絶対楽しい)
(今も、これからも)
唇をよせて、彼女にまたキスを仕掛ける。
さっきよりももっと深くお互いを感じるように〇〇ちゃんと唇を重ねた…―。
おわり。