第3話 カカオとチョコレート

たくさんの人達が、絶えず私達の隣を通り過ぎて行く…―。

砕牙「おぬし、一人か?」

砕牙さんは尻尾を撫でる男の子に優しく話しかける。

男の子「うん……」

男の子は、砕牙さんの尻尾を触りながら頷いた。

砕牙「ならば、こうするのがよいだろう」

男の子「わっ……」

砕牙さんは男の子を抱き上げると、肩に乗せた。

(肩車……?)

砕牙「ほら、おぬしの親はどこかにおらぬか?」

砕牙さんに言われて、男の子は辺りを見渡す。

そして、前の方を指差して大きな声を上げた。

男の子「あ!」

砕牙「どうやら見つかったようだな」

砕牙さんはそう言って、男の子を降ろした。

男の子「お父さん! お母さん!」

男の子は、降りるとすぐに、家族の元へと駆けていった。

砕牙さんは男の子の後ろ姿を優しい眼差しで見つめる。

砕牙「元気のよいことだ」

男の子が、私達の方を振り返り、手を振る。

私達は応えるように手を振り返した。

○○「お父さんとお母さんが見つかってよかったですね」

砕牙「そうだな」

○○「迷子だけど、泣かなくてよかった……。 きっと砕牙さんの尻尾のおかげですね」

砕牙「時々あるのだ……」

彼の笑顔に、優しさがにじみ出ていて、温かい気持ちになる。

砕牙「我の尾を、ぬいぐるみの類いと同じだと思うのだろう。 触られた方はくすぐったくてかなわん……。 うぬもだぞ?」

不意に砕牙さんの手が私の頭に乗せられ、顔を覗き込まれる。

深い緑色の瞳が、私を映して優しく細められて……

(わっ……)

端正な顔が間近に寄せられ、私の胸がトクンと音を鳴らす。

砕牙「わかっておるのか?」

○○「すみません……」

砕牙「だが、我の尾を触ろうなど思う女は、うぬが初めてだ」

○○「え……?」

彼は私の髪を優しく撫でると、ゆっくりと頭から手を離した。

(顔がますます熱くなって……)

胸の高鳴りを感じながら、私は砕牙さんを見上げる。

陽の光を受けて、彼の銀糸のような髪が煌めいた。

砕牙「しかし……あのような小さな子どもも、チョコレートを食べに来たのか」

砕牙さんの声に、私ははっと我に返る。

○○「……チョコは、甘くておいしいですから」

砕牙「甘くておいしい、か……」

○○「もしかして、砕牙さんはチョコを食べたことがないんですか?」

砕牙「ああ。話には聞いたことがあるが、どのような物かは見たこともない」

砕牙さんはすん、と鼻をしかめる。

(そうなんだ……)

砕牙「不思議なものよ……あのカカオが甘いお菓子とは……」

(そういえば、砕牙さんは薬にするためにカカオをもらいに来たって言ってたっけ…)

○○「お薬のカカオはどんな味なんですか?」

尋ねると、ほんの少し悪戯な砕牙さんの視線が私を捉えた。

砕牙「そうだな……まず、子どもは嫌うだろう。 うぬも飲んだら泣いてしまうかも知れぬな」

○○「そ、そんなに苦いんですか?」

砕牙「あれを好んで飲むものではないのでな。良薬ほど口に苦いものはない」

苦さを思い出しているのか、砕牙さんは口をもごもごと動かし眉を寄せていた。

○○「良薬……カカオってすごいんですね……」

砕牙「ああ」

○○「どんな薬になるんですか?」

砕牙「いろいろな用途に使われておるが、全ては話せぬ……だからこその秘薬、だ。 だが……」

砕牙さんは街の賑わいを感慨深げに見渡すと、柔和な笑みを浮かべる。

砕牙「これだけたくさんの人が買い求めるのだから、チョコレートは愛されているのだろうな」

○○「そうですね」

砕牙「うぬもチョコレートは好きか?」

○○「はい」

砕牙「そうか」

砕牙さんの尻尾がふわりと揺れ、深緑色の瞳が楽しげに細められる。

砕牙「どのような味がするのか興味が湧いてきた。試しに食べてみるか。 うぬもどうだ?」

○○「私も食べたいです」

砕牙「そうか」

○○「おいしいチョコ、たくさん食べましょうね」

砕牙「うぬの方が楽しみになっておるのか?」

(少し恥ずかしい……)

砕牙「では参ろうか」

○○「っ……!」

歩き出そうとしたその時、私の手に砕牙さんの手が重なった。

砕牙「これだけ人が多いと、離れ離れになってしまいそうだ。 こうしておけばよかろう?」

○○「はい……」

砕牙さんの大きな手が私の手を包み込む。

その温もりが心の奥まで伝わって、甘くとろけるような心地だった…―。

 

 

 

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