連日の仕事で、疲弊しきって部屋へ戻ると…-。
(……ん?)
人の気配を感じ、俺は足を止めた。
暗がりの中で、ルビのケージの傍に寄りかかっている小さな体がぼんやりと見える。
(〇〇……?)
(まさか、こんな時間までルビの面倒をみて……?)
驚いて一瞬、息が詰まった。
(俺は……仕事のことで頭がいっぱいで、彼女にも冷たく当たってしまったのに)
(何故、お前はこんなにも……)
あまりに健気で純粋な様子に、俺はその場で悔恨の念に駆られた。
(自分のことしか見えていなかった……)
(目の前の仕事しか……)
起こさないようにそっと彼女に近づき、寝顔を見つめる。
〇〇「……」
穏やかな寝顔に、胸の奥の痛みを感じた。
(もしかすると、これと同じことが仕事でも起こっているのかもしれない)
(日々の業務に追われ、相手の心の声を無視し……結果、先日のようなことが起きる)
(これでは……王子失格だな)
〇〇「ん……」
フォルカー「っ……」
〇〇が、寒いのか小さく身を震わせた。
(このままでは、風邪を引いてしまうな)
そっと彼女の肩に手を伸ばし、丁寧に触れる。
その肩は、華奢で小さく……
こんな体で俺の身勝手な言動を許容してくれていたのかと思えば、また少し胸が痛んだ。
フォルカー「……〇〇?」
〇〇「ん……」
軽く彼女の肩を揺すり、起きるよう促す。
フォルカー「〇〇……。 こんな所で……風邪を引いてしまうぞ」
すると彼女は、わずかに眉を寄せると、ゆっくりとまぶたを開き……
〇〇「! フォルカーさん……!」
俺を見た瞬間、ぱちりと大きく目を見開いた。
ゆっくりと彼女の肩から手を離し、ケージの中のルビをちらりと見やる。
フォルカー「……ルビを、みていてくれたのか?」
〇〇「はい……勝手にすみません」
フォルカー「いや……」
(礼を……言わなければ)
そう思いながら立ち上がろうとした時だった…-。
フォルカー「っ……?」
一瞬、視界が白くなり体がぐらりと揺れ……
〇〇「あ、フォルカーさん……!」
彼女の腕がとっさに俺の体を支える。
そこで留まることが出来ず、俺はそのまま体勢を崩してしまい……
フォルカー「……すまない」
〇〇「いいえ、少し休んだほうがいいですね」
やたらと重く感じられる体を必死で起こそうとすると、彼女が手伝ってくれる。
(情けない……これくらいの疲労で)
悔しさを感じつつも、彼女に言われるままにベッドに横になった。
彼女が気を利かせて、ルビをケージから出し、枕元に乗せてくれる。
フォルカー「……ルビ」
(具合を悪くしていたんだったな……)
(それなのに俺は……)
しばらくぶりに感じるルビの毛の感触を手のひらに感じる。
撫でてやると、心なしかルビが笑ったように見えた。
〇〇「お仕事は、少し落ち着きましたか?」
彼女が心配そうに俺の顔を見つめている。
フォルカー「……問題は解決した。だが……ミスの穴埋めをしただけだ。 根本的な問題……人間関係はどうにもならない。俺の力では……」
彼女の表情が自然と曇る。
(俺には……改善すべきことが多くあるようだ)
〇〇「フォルカーさん……。 本当は、フォルカーさんのやりたいこと、気持ち、わかってくれる人がいるはずなのに。 どうしていつも、一人で肩肘を張って……」
フォルカー「……仕事なんだ」
〇〇「だからって……こんなに寂しくて辛い思いをしなくてもいいはずです。 どうして……」
彼女の言葉がじわりじわりと胸に染み込んでいく。
優しく悲しげな言葉の揺れが、冷え切った心に温もりを伝えてくれるようだった。
俺は思わず…-。
〇〇「っ……!」
彼女のことを抱き寄せ、ベッドの上できつく抱き締めていた。
時折感じた彼女の甘い香りを強く感じて、胸が締めつけられる。
フォルカー「〇〇だけは、俺の敵にならないでくれるか……?」
〇〇「敵だなんて……」
フォルカー「誰のも迷惑をかけるわけにはいかない。自分で招いた事態は、自分で収めなければならない。 そう思って……なのに、皆は離れていくばかりで。 帰ってきて、お前がいて嬉しかった。 ルビには俺がいるように、俺の傍にもお前がいてくれれば……。 仕事から戻ればいつも、お前の傍にいたい。ここにいてくれ……ずっと」
気が付けば、俺は彼女の体を力任せに抱きしめてしまっていた。
〇〇の気持ちも無視して……
(幻滅されているだろうな……だが、抑えることができない)
情けなさに、俺は消えてしまいたくなる。
けれど〇〇は、俺の腕の中でしっかりと頷いてくれた。
(いいのか……?)
驚いて〇〇の顔を見つめると、彼女は優しく微笑んだ。
フォルカー「……〇〇」
すがるように、俺はもう一度彼女の体を強く抱きしめる。
(俺も……お前のように優しくなりたい)
(どんなことがあっても、自分をないがしろにしたり……他人の心を踏みにじることはしない)
(だから……今だけは)
そう胸に秘めながら、俺は〇〇の頬に顔を寄せたのだった…-。
おわり。