フォルカーさんが今、意固地になってまで解決しようとしている仕事の問題は、詳しい事情によると、エリックさんに陥れられたせいだと他の部下の方から聞いた。
(何とか力になりたいけど……)
フォルカーさんは今では、自室に全て仕事を持ち込み、引きこもってしまっている。
今日もお茶を持ち、フォルカーさんの部屋を訪れるけれど…-。
〇〇「良ければ、お茶を飲んで休憩してくださいね」
フォルカー「……今は無理だ。本当に気にしないでくれ。 そんなことをされると、気にかかるし胸が痛む」
〇〇「……気にしてもらえるんだったら、ぜひ少しでも休憩してください。 私なりに……フォルカーさんが心配なんです」
フォルカーさんが、書類から一度も上げなかった視線をこちらへ向けた。
疲れているせいか、目の下にくまができているように見える。
フォルカー「……」
(差し出がましかったかな……)
けれど、フォルカーさんはカップをそっと手に取って……
フォルカー「……いい香りだ」
〇〇「はい、フォルカーさんはこのお茶がお好きだと聞いて……」
フォルカー「いただこう。付き合ってくれるか」
〇〇「はい、もちろんです」
(良かった……!)
嬉しくて胸が弾むのを誤魔化せずに、笑顔がこぼれる。
フォルカーさんは、疲れた目頭を指先で押さえながらも、安心した顔でお茶を飲んでくれた。
…
……
それからも私は一心不乱に仕事を続けるフォルカーさんのもとへ、少しでも息抜きになればと足を運び続けた。
それから数日…-。
フォルカー「……これで完璧だ」
フォルカーさんが、全ての書類を机に置いてつぶやいた。
〇〇「終わったんですか?」
フォルカー「ああ、これでもう問題ない」
つきものが取れたような顔で、フォルカーさんは安堵の笑みを浮かべる。
フォルカー「少しだけ……休もう」
〇〇「はい、良かったです。そうしてください。 じゃあ私は……」
フォルカー「いや、ここにいてくれ。お前がいると、落ち着く」
フォルカーさんは、ソファまで歩きながら私を呼ぶような仕草をする。
優しい声色とその動作にどきりとしながら、私もソファまで歩み寄った。
そして…-。
フォルカー「……安心したら、ひどく眠たくなってしまった」
〇〇「っ……」
フォルカーさんが、私のひざの上に頭を乗せ、心地よさそうに目を閉じる。
ふわりと香ったインクの香りと、フォルカーさんの香りにとくんと鼓動が跳ねた。
フォルカー「お前に……礼をしたい」
〇〇「お礼だなんて……」
フォルカー「世話になった。礼をしなければ、俺の気が済まない」
くっきりと疲れが滲む顔で、今にも眠ってしまいそうな顔で……
〇〇「……じゃあ……いつか言っていた、ルビくんの散歩がしたいです」
柔らかな髪を撫でると、気持ち良さそうにフォルカーさんが瞳を閉じる。
フォルカー「ルビの散歩、か。それはいい……必ず、そうしよう……」
フォルカーさんは安心したように微笑みながら、穏やかな眠りに落ちていった。
〇〇「……お疲れ様です」
起こさないように小さな声で呼びかけてから、私はそっと彼の眼鏡を外した…―。
…
……
それからしばらく……
部屋の入り口から聞こえる物音で頭を上げると。部下の方達が心配そうに部屋の中を見ているのが見えた。
若い事務官1「あ、す、すみません。どうしても気になって……」
〇〇「じゃあ、起こさないように静かに……」
そっと部屋へ入ってきた面々が、フォルカーさんの寝顔を見て微笑む。
眠ってしまった顔は、まだどこかあどけなさを残していて、仕事中のフォルカーさんとはまるで別人のようだった。
エリック「……」
その面々の中にいたエリックさんの憂いをたたえた瞳が、じっとフォルカーさんを見つめている。
エリック「まさか……何も言わないなんて」
〇〇「エリックさん。フォルカーさんは誰も咎めないと……全て上司である自分の責任だと言っていました」
エリック「……」
エリックさんは、しばらく無防備に眠るフォルカーさんを見つめた後……
エリック「……器の違いが出ただけだったな」
そう言って、フォルカーさんと同様、つきものの取れたような顔を見せたのだった…-。