〇〇「フォルカー王子は仕事の鬼だけど、本当は優しいからって」
フォルカー「っ……そ、そう思っている部下もいるだろうが……皆が皆そう思っているわけではない。 姫のことも、怖がらせないよう……十分に留意するつもりだ」
フォルカーさんが、まつ毛を憂いに伏せる…-。
フォルカー「もっと、立派な王子となって、皆に慕われる人間にならねばならないな」
〇〇「……そんなに気負わないでください」
フォルカー「万人に好かれる人物になるのは不可能だということは分かっている。 だが、本当は上手くやりたいのだ。姫も……怖がらせたくはない」
〇〇「いえ、怖いなんて……私は信頼の厚いフォルカーさんを素晴らしいと思います」
何とか元気づけてあげたくて言った言葉に、嘘はなかったけれど……
フォルカー「……」
フォルカーさんは、軽くかぶりを振った。
フォルカー「仕事の上で信頼されているのはわかっている。ありがたいことだ。 だが、人間関係は上手くいっているとは言えない」
(フォルカーさん自身も……気にしているんだ)
フォルカー「問題点は自分で分析し、わかっているつもりだ。仕事一辺倒であることに大きな問題がある。視野が狭く、仕事のことしか見えていない。 ……だが、仕事以外にすべきことが見つからない。そうなると、他の話題を見つけることが難しい。 円滑に仕事を進める条件として、密なコミュニケーションが必要となる。 これでは上に立つ者として失格だ」
自分に厳しすぎるようにも感じられるフォルカーさんに、私は…―。
〇〇「フォルカーさんは、仕事以外に好きなことはないんですか?」
フォルカー「っ……それは……」
言いよどむフォルカーさんに、何かあるのだなと勘が働く。
〇〇「……フォルカーさんの考えだと、仕事以外に取り組めることがあればいいということですよね?」
フォルカー「そうなるが、それを今から作るのはなかなか難しいことだ」
〇〇「でも、好きなことやものは……あると思うんです」
一つ瞬きをするフォルカーさんの瞳が、何かを思い出して温かく煌めく。
フォルカー「……あるにはある。ウサギが好きだ」
〇〇「ウサギ……え、ウサギですか?」
フォルカーさんの雰囲気からは想像しにくい動物に、思わず聞き返してしまう。
フォルカー「ウサギは知っているか?」
伏し目がちに、ぽつりとつぶやくように私に問いかける。
〇〇「はい、もちろんです」
フォルカー「そうか、良かった。城に戻ったら見に来るがいい」
(ウサギ……楽しみだな)
フォルカーさんの姿と、愛らしいウサギの姿を交互に思い浮かべていると…-。
フォルカー「……」
フォルカーさんが、何も言わないまま人通りの多い道側へと回ってくれた。
(やっぱり、優しい人)
どんな表情をしているのかが気になったけれど、私はそれをうかがえず、小さく鳴る胸をおさえながら彼の隣を歩いた…-。
そして城へ戻ると……
雪のように真白い、可愛らしいウサギが主の帰りを待っていた。
〇〇「可愛い……!」
フォルカー「……名前は、ルビだ」
〇〇「ルビ……あ、目の色がルビーに似ているからですか?」
フォルカー「……そうだ。単純だと笑われるだろうか?」
〇〇「いいえ……この子に似合ってて、いい名前だと思います。ね? ルビちゃん」
フォルカー「オスだ」
〇〇「あ、ルビくん」
くすりと笑うと、フォルカーさんの表情も柔らかく緩む。
(こんな顔もするんだ……)
初めて見るフォルカーさんの優しい眼差しに、胸がドキドキと音を立てる。
〇〇「それにしても、本当に綺麗な毛並みですね」
フォルカー「ああ、ありがとう。綺麗な毛並みはルビの自慢だ。 触るとふわふわだから、触ってみるといい」
(ふわふわ……)
柔らかな言葉の響きを感じながら、ルビにそっと手を伸ばす。
その先に、フォルカーさんの手と触れ合ってしまって……
〇〇「っ……」
フォルカー「っ……すまない」
〇〇「い、いえ」
見れば、フォルカーさんの頬はほんのりと染まっていた。
(頬が熱い……)
フォルカー「……ルビを人に会わせたのは、随分久しぶりな気がする」
ルビの背を撫でる私の手の隣に、そっとフォルカーさんの手も置かれる。
フォルカー「良ければだが…ルビの散歩に、今度一緒に行かないか」
〇〇「お散歩ですか。はい、ぜひ喜んで」
どこか面はゆい心地のする約束に、二人して頬を染めて微笑んだ…-。