静かな廊下に、フォルカーさんと私の足音がやけに響く…―。
(こうして並んでいると、本当に背が高い)
隣を歩くフォルカーさんを、思わず見やると…-。
フォルカー「何か不審な点でも?」
〇〇「い、いえ何でもありません」
彼の淡白な声に、慌てて私は次の言葉を探した。
〇〇「でも……記録の国のお仕事の話をもっと聞きたいなと思って」
フォルカー「仕事のことを?」
フォルカーさんは立ち止まり、私に向き直った。
〇〇「あ……ご迷惑でなければ」
眼鏡の向こうにある感情のうかがえない瞳で問いかけられ、言い淀んでしまう。
すると…-。
フォルカー「〇〇姫。我が国の情報は機密性が高く、無闇に話をすることはできない。 せっかく興味を持ってくれたのに……すまない」
フォルカーさんの形のいい眉が、申し訳なさそうに下げられた。
(フォルカーさん?)
今まで彼が纏っていた硬い雰囲気、少し和らいだ気がしたけど……
〇〇「すみません、少し考えれば当たり前のことですよね」
(少し軽率だったかな……フォルカーさんを困らせてしまった)
軽はずみな自分の発言を、後悔してしまう。
フォルカー「いや、姫に興味を持ってもらえて嬉しいよ」
眼鏡をかけ直しながら、フォルカーさんは安心したように微笑んだ。
(フォルカーさん……優しい人なのかも)
そう思って顔を綻ばせ、再度歩き出そうとした時…-。
??「あぁ、フォルカー王子。丁度良いところに」
その声に振り返ると、髭を生やした壮年の男性が私達に近づいてきた。
フォルカー「エリック……何用だ」
途端、フォルカーさんの声色がまた硬さを帯びてしまう。
エリックと呼ばれた男性は、私をちらりと見て軽く頭を下げた。
エリック「姫のご案内中、申し訳ないのですが、この件についてご返答をいただいておきたく……」
フォルカー「……」
フォルカーさんは、無言のままエリックさんから書類を受け取り、即座に目を走らせる。
若々しく聡明な瞳が、素早く文字を追っていた。
そしてすぐに…―。
フォルカー「この記録の重なりを調整し、001から008へ移動させておいてくれ。 ひとまずはそれで問題ない」
エリック「……はい」
フォルカーさんの指示を受け、何故かエリックさんが悔しそうに顔を歪めた。
(どうしたんだろう。問題が解決したはずなのに)
フォルカー「それよりも、この書類には不備があるようだ。この箇所は早急に修正を」
エリック「え……」
フォルカー「このような安易なミスでも、記録のシステムに重大な齟齬を起こす可能性がある。 何故、単純なミスを生むのか……よく考え、即座に改善しろ」
こもっていく怒気に、落ち着かない気持ちで目の前の二人を見てしまう。
エリック「し、しかし今は関係のないことで」
フォルカー「関係ない……? この小さなミスが大きな問題を生むことがどうしてわからない! そんなことでは記録システムの向上、効率化はいつまで経っても実現しない! 責任感も無く、仕事に臨むんじゃない」
語気を荒げるフォルカーさんの迫力に、私は思わず縮こまってしまう。
エリック「っ……わかりました。失礼します」
エリックさんは悔しげな様子で一礼すると、逃げるように立ち去ってしまった。
(……厳しい人なんだ)
先ほど一瞬だけ彼に垣間見た柔らかな雰囲気は、もう微塵も感じられない。
険しさの抜けない顔を見て、話しかけられずにいると……
若い事務官「フォルカー王子! こちらにいらっしゃったのですね。 副官が少しお話しされたいとおっしゃっていて……」
今度は、まだ初々しさの残る青年が駆けてきた。
フォルカー「わかった。〇〇姫、少し失礼する」
〇〇「は、はい……」
フォルカー「部屋へ案内させるよう城の者へ申しつける。ここにいるように」
フォルカーさんは淡々とそう告げると、すぐに踵を返した。
広い廊下を颯爽と闊歩するすらりとした足と伸びた背が、他の誰をも寄せ付けない雰囲気をたたえ、どこか寂しかった…―。