第5話 罪過の花

公務を終えたラスさんが、私を連れてきてくれたのは……

〇〇「綺麗……」

見渡す限り、一面の花畑だった。

〇〇「罪過の国にも、こんな場所があったんですね」

湿り気を帯びたヴォタリアの風が、優しく撫でるように花びらを揺らす。

ラス「重い罪を重ね、ここへ流れて来た罪人達が背負う深い業を……。 この土地が長い月日をかけて浄化し、癒してくれる」

遠い景色を眺めながら、ラスさんが風に言葉を乗せる。

その横顔は、ひどく悲しげで……

(どうしたんだろう。ラスさん、少し様子が……)

ラス「人の妬み、苦しみ……あらゆる欲望をその身に受けて。 決して穢れに呑みこまれず……美しく咲き続ける罪過の花だ」

ラスさんは花を一輪摘み取ると、私の髪に挿してくれた。

ラス「この花は、どこかキミに似てる……」

ラスさんは私の手を引いて、花畑へ腰を下ろし……

私の髪をそっと撫でながら、柔らかな花の上に押し倒す。

〇〇「ラスさん……!?」

ラス「キミといる時は、身の内で暴れ出す欲情を一生懸命抑えてるんだよ。 オレの業が……キミという花を枯らしてしまうことがないように」

いつも妖艶な笑みをたたえているラスさんが、美しい顔を歪めながら言葉を紡ぐ。

その時、初めて彼の本音を聞けた気がして……

(どうしよう。すごくドキドキする)

(今までとは比べものにならないぐらい……)

胸の奥が切なく締めつけられ、鼓動が高鳴る。

(私、ラスさんのこと……?)

花の甘い香りを感じながら、私はようやく形になり始めた想いと向き合った。

けれど……

ラス「キミのすべてに触れて、二人で快楽の海に溺れたい」

〇〇「……っ」

ラス「たとえそこに心がなくても……オレはただ、キミの温もりさえあればそれでいい。 この気持ちだけじゃ、不満……?」

ラスさんは私を見下ろしながら、甘く誘うように尋ねる。

そんな彼に、私は……

〇〇「不満、です……」

胸の奥に芽吹きかけた想いが、冷たい風に晒されたような心地がして……

私は思わず彼から顔を逸らしてしまう。

ラス「〇〇……?」

ラスさんは戸惑ったように私の名前を呼んだ後、心配そうに顔を覗き込んできた。

〇〇「体を重ねても、想いが通わなければ虚しいだけです……」

自分で言った言葉なのに、切なさで胸が苦しくなる。

〇〇「あなたの体はここにある。でも……。 あなたの心は、どこにあるんですか……?」

私の問いに、ラスさんははっとしたように息を呑む。

そうして、長い沈黙の後…-。

ラス「オレも昔……キミと同じことを、ずっと考えていた。 母の力に溺れる人々を見て……」

〇〇「ラスさんの、お母様……?」

ラスさんは私の手を引いて体を起こすと、過去にこの国で起こった出来事を、ぽつぽつと聞かせてくれた。

ラス「色欲を司る王族の中には、御しきれないほどの色情の力が芽吹くことがある」

ラスさんのお母様も、彼と同じく色欲の業にその身を捕らわれていたという。

聡明な王妃は己の欲情を恥じ、強く抗い続けたが……

魅力的な王妃に心を奪われる者は後を絶たず、あらぬ作り話に尾ひれがつき、王妃の好色の噂は国外にまで及んでしまった。

ラス「そのせいで母は心を壊し、この国を離れてしまった。 王族の力が欠けたことで、監獄を管理する力も衰退してね。 国の治安は乱れ、多くの民が危険に晒されてしまった」

(この国で、過去にそんなことが……)

ラス「あの頃……王である父も、母の放つ色香に心を狂わされていた。 皆が王妃の色に溺れたけど、求めているのは体だけ。誰も心など交わそうとはしない……。 苦しむ母を見て、幼いオレは何もできなかった」

ラスさんの長いまつ毛が、悲しげに伏せられる。

ラス「でも、おかげで悟ったよ。それならいっそ、心など求める必要はないと。 オレには……キミの優しい温もりがあれば、それでいい……」

まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ後、ラスさんが私に身を寄せ、唇を近づけてくる。

その時だった。

大臣「ラス様っ、なんということを……!」

月明かりに照らされた花畑に、悲痛な声が響く。

そこには私達を呆然と見下ろす大臣さんの姿があった…-。

 

 

 

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