公務を終えたラスさんが、私を連れてきてくれたのは……
〇〇「綺麗……」
見渡す限り、一面の花畑だった。
〇〇「罪過の国にも、こんな場所があったんですね」
湿り気を帯びたヴォタリアの風が、優しく撫でるように花びらを揺らす。
ラス「重い罪を重ね、ここへ流れて来た罪人達が背負う深い業を……。 この土地が長い月日をかけて浄化し、癒してくれる」
遠い景色を眺めながら、ラスさんが風に言葉を乗せる。
その横顔は、ひどく悲しげで……
(どうしたんだろう。ラスさん、少し様子が……)
ラス「人の妬み、苦しみ……あらゆる欲望をその身に受けて。 決して穢れに呑みこまれず……美しく咲き続ける罪過の花だ」
ラスさんは花を一輪摘み取ると、私の髪に挿してくれた。
ラス「この花は、どこかキミに似てる……」
ラスさんは私の手を引いて、花畑へ腰を下ろし……
私の髪をそっと撫でながら、柔らかな花の上に押し倒す。
〇〇「ラスさん……!?」
ラス「キミといる時は、身の内で暴れ出す欲情を一生懸命抑えてるんだよ。 オレの業が……キミという花を枯らしてしまうことがないように」
いつも妖艶な笑みをたたえているラスさんが、美しい顔を歪めながら言葉を紡ぐ。
その時、初めて彼の本音を聞けた気がして……
(どうしよう。すごくドキドキする)
(今までとは比べものにならないぐらい……)
胸の奥が切なく締めつけられ、鼓動が高鳴る。
(私、ラスさんのこと……?)
花の甘い香りを感じながら、私はようやく形になり始めた想いと向き合った。
けれど……
ラス「キミのすべてに触れて、二人で快楽の海に溺れたい」
〇〇「……っ」
ラス「たとえそこに心がなくても……オレはただ、キミの温もりさえあればそれでいい。 この気持ちだけじゃ、不満……?」
ラスさんは私を見下ろしながら、甘く誘うように尋ねる。
そんな彼に、私は……
〇〇「不満、です……」
胸の奥に芽吹きかけた想いが、冷たい風に晒されたような心地がして……
私は思わず彼から顔を逸らしてしまう。
ラス「〇〇……?」
ラスさんは戸惑ったように私の名前を呼んだ後、心配そうに顔を覗き込んできた。
〇〇「体を重ねても、想いが通わなければ虚しいだけです……」
自分で言った言葉なのに、切なさで胸が苦しくなる。
〇〇「あなたの体はここにある。でも……。 あなたの心は、どこにあるんですか……?」
私の問いに、ラスさんははっとしたように息を呑む。
そうして、長い沈黙の後…-。
ラス「オレも昔……キミと同じことを、ずっと考えていた。 母の力に溺れる人々を見て……」
〇〇「ラスさんの、お母様……?」
ラスさんは私の手を引いて体を起こすと、過去にこの国で起こった出来事を、ぽつぽつと聞かせてくれた。
ラス「色欲を司る王族の中には、御しきれないほどの色情の力が芽吹くことがある」
ラスさんのお母様も、彼と同じく色欲の業にその身を捕らわれていたという。
聡明な王妃は己の欲情を恥じ、強く抗い続けたが……
魅力的な王妃に心を奪われる者は後を絶たず、あらぬ作り話に尾ひれがつき、王妃の好色の噂は国外にまで及んでしまった。
ラス「そのせいで母は心を壊し、この国を離れてしまった。 王族の力が欠けたことで、監獄を管理する力も衰退してね。 国の治安は乱れ、多くの民が危険に晒されてしまった」
(この国で、過去にそんなことが……)
ラス「あの頃……王である父も、母の放つ色香に心を狂わされていた。 皆が王妃の色に溺れたけど、求めているのは体だけ。誰も心など交わそうとはしない……。 苦しむ母を見て、幼いオレは何もできなかった」
ラスさんの長いまつ毛が、悲しげに伏せられる。
ラス「でも、おかげで悟ったよ。それならいっそ、心など求める必要はないと。 オレには……キミの優しい温もりがあれば、それでいい……」
まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ後、ラスさんが私に身を寄せ、唇を近づけてくる。
その時だった。
大臣「ラス様っ、なんということを……!」
月明かりに照らされた花畑に、悲痛な声が響く。
そこには私達を呆然と見下ろす大臣さんの姿があった…-。