井戸の異常事態の報告を受けた砕牙さんは、私の手をそっと取ると確信を持ったように口を開いた。
砕牙「……一緒に来てはくれぬか?」
○○「どこへ行くんですか……?」
砕牙「行けばわかる。おそらく井戸の異変のことも……」
○○「井戸のことも?」
砕牙「うむ」
砕牙さんは一つ頷くと、私の手を引いて街の方へと歩き出した…―。
…
……
不思議に思いながらも手を引かれるままに歩いて行くと、砕牙さんはある家の前でふと足を止めた。
○○「ここですか?」
砕牙「うむ……この家の裏をまっすぐ進むと、あの井戸がある」
(この家は、井戸と何か関係があるということ……?)
砕牙「……いるか?」
玄関の前で砕牙さんが問いかけると、すぐに目の前のドアが開いた。
老婆「砕牙様……随分とお久しゅう。今日はどうされましたか?」
砕牙「……井戸の様子がおかしいのだ」
砕牙さんが唐突にそう言うと、そのお婆さんは眉をぴくりと動かした。
老婆「……そうかい」
何だか悲しそうな顔をするお婆さんに、私は胸騒ぎを覚えて……
思わず、砕牙さんの和服の袖をぎゅっと掴む。
砕牙「大丈夫だ」
安心させるように、砕牙さんが私の肩を抱く。
○○「砕牙さん……」
砕牙「怖いなら帰ってもよいが……。 だが、我はうぬにもこの者の話を一緒に聞いていてもらいたいのだ」
砕牙さんは低く、諭すような声でそう言った。
○○「……わかりました」
老婆「そうかい、砕牙様はこの子を……」
(この子って、私のこと?)
老婆「……その昔、砕牙様の一族の男が人間の女と恋に落ちてねぇ」
お婆さんは私と砕牙さんを交互に見てから、ぽつりぽつりと語り出した。
老婆「砕牙様の一族は老いることがないだろう? だけど、人間の女は違う。 男の姿は若々しいまま、女は醜く老いていってしまった……」
砕牙「……」
老婆「そのうち男は心変わりをして、それを嘆いた女が……。 井戸の毒水を飲んで、死んでしまったんだよ」
○○「そんな……!」
(じゃあ、今、井戸から湧いてるのは、毒水……!?)
砕牙「やはり、そうか……。 ……井戸の水が増えているのは、我と○○が近づき過ぎたが故か」
つぶやくような声に、私ははっと砕牙さんの顔を見る。
すると、そこには辛そうに眉を寄せる見たことのない砕牙さんの姿があった。
○○「砕牙さん……」
胸の奥が、軋むように苦しく痛い。
砕牙「我が一族は毒水を薬に変える技法を持っている……。 だが、この早さで水位が上がっていけば、毒水が国中に溢れてしまうであろう」
砕牙さんはそう言うと、思い悩むように黙り込んだ。
(どうしたら……)
そう思うのに、私は何が思い浮かぶでもなく……
ただただ、砕牙さんの隣に立ち尽くすことしかできなかった…―。