砕牙さんの用意してくれた輿に揺られながら、私は天狐の国・伊呂具の本殿へ向かっていた。
(砕牙さんが迎えに来てくれてよかった)
そう思いながら、ふと輿の外を覗く。
(えっ!?)
砕牙「外がそんなに気になるのか? 狐にでもつままれたような顔をしているぞ」
私の頬に顔をそっと寄せ、砕牙さんも外を覗く。
○○「い、いえ、すごい数の鳥居だと思って」
流れていく景色の中に、途切れることなく鳥居が並んでいる。
砕牙「……これは、結界の役割を果たすのだ」
砕牙さんは整った唇の口角を少しだけ上げて、少し得意げにそう言った。
(結界?)
砕牙「ははは、うぬは子どものようだな。そんなに珍しいのか?」
○○「……っ、別にそんなじゃ」
砕牙「否定せずともよい。ずっと鳥居を見ていても構わぬぞ」
(完全に子ども扱いされてるのかな……恥ずかしい)
砕牙「……うぬは可愛いのだな。 無邪気で愛らしいおなごだ」
○○「え……?」
砕牙さんの大きな手が私の髪にそっと触れた。
そのまま優しくさするように撫でられ、鼓動が速まっていく。
○○「……っ」
砕牙「ははは、顔が真っ赤だぞ?」
こちらを覗き込んでくる翡翠のような目に、思わず顔をさらにうつむかせてしまう。
○○「そ、それより、結界というのは?」
砕牙「ん? ああ、それは……」
砕牙さんはそっと口を開くと、輿の外に目線を向けた。
砕牙「我の国には、伊薬と呼ばれる生薬を調合した伝来の薬があってな。 その薬を調合するために、皆がいろいろな地域や国へ出向いているのだ。 その間にも、薬を求めて人がたくさんやって来るのだが、全ての人を受け入れていては国が回らん」
○○「だから結界を張っているんですね」
砕牙「うむ。故に……選ばれた人間以外は、この鳥居を越えても永遠に我の国にはたどり着けぬのだ」
○○「選ばれた人間?」
砕牙「ああ。国から正式に招待を受けた者だけが、伊呂具へたどり着くことができる。 うぬは、我に目覚めをくれたもの……無論、歓迎しよう」
砕牙さんがそう言った瞬間、今まで揺れていた輿がぴたりと止まった。
砕牙「では、参ろうか」
細く長い指が私にそっと差し出される。
(綺麗な手……)
その手に、思わず見とれてしまう。
砕牙「手を取らぬのか? 姫」
○○「あ、ありがとうございます」
意を決して手を掴むと、砕牙さんが優しく微笑んでくれた。
けれどその後すぐに、わずかに険しい表情となる。
砕牙「……この声は」
○○「え?」
何やら、人々がざわめく声が聞こえてくる。
(……何だろう?)
砕牙「まぁ、よい。ひとまず出るとしよう」
○○「は、はい」
不穏な空気を感じつつも、私達は輿を降りたのだった…―。