薪の燃えたような香りと香ばしいわらの香りがする。
立ち寄った山小屋の中はガランとしていたけれど、壁はしっかりとしていて隙間風もないようだった。
エドモント「よかった。ここで暖をとれそうだね」
エドモントさんは私をそっと下ろし、暖炉の前にしゃがみ込んだ。
エドモント「よかった。マッチがある」
エドモントさんが火をつけてくれると、炎の温かさが肌を撫でる。
(あったかい……)
火にあたるうち、体の震えも次第におさまっていった。
エドモントさんは、部屋中を見て回り、暫くして私の元へと戻ってくる。
彼の腕には綺麗な毛布があり、それでそっと私を包んでくれる。
◯◯「エドモントさん、私はもう暖まりましたから、エドモントさんがこれを…ー」
エドモント「ここには給湯室があるようだ」
◯◯「え……」
エドモント「待っていて。もっと暖かくしてあげるから」
(もっと暖かく?)
エドモントさんは私の頭を優しく撫でると、給湯室へと向かって行った。
暫くすると、芳醇な香りが部屋中に広がってくる。
(この香りは……)
エドモント「お待たせ」
◯◯「いい薫りですね。紅茶ですか?」
エドモント「ああ。去年収穫したダジルベルクの紅茶の茶葉を、実は持ってきていたんだ」
エドモント「どうしても◯◯に飲んで欲しくてね」
紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。
受け取ったカップから、掌に温もりが広がった。
エドモント「さあ、飲んでみて」
エドモントさんに促され、カップに口をつける。
◯◯「……美味しいです」
口の中に、ダージリンの繊細な渋みが広がる。
体が芯から温かくなっていくのがわかった。
(私は、エドモントさんのおかげで暖かくなれたけれど……)
◯◯「エドモントさんも、毛布に入りませんか?」
エドモント「俺なら大丈夫だよ」
◯◯「でも……」
エドモントさんの頬は寒さで赤く染まっている。
(エドモントさん、寒いのを我慢してる……)
(このままだときっと、風邪を引いてしまう……そうだ)
◯◯「一緒に入りませんか? そっちの方が、きっと暖かいですよ」
エドモント「◯◯……?」
エドモントさんが、驚いたように目を見開いた。
(あっ……! )
言ってしまった後に、恥ずかしくなってしまう。
頬がじんわりと熱くなっていくのがわかった。
(一緒にって、少し大胆だったかな……)
恥ずかしさで頭の中が真っ白になり、何度も瞬きを繰り返していると……
エドモント「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
◯◯「!」
毛布をふわりとあげて、エドモントさんが入ってきた。
エドモント「本当だ、暖かい」
山小屋には二人きり…ー。
一枚の毛布の中で肩を寄せ合い、彼の吐息の音さえも聞こえる。
息をするのも躊躇われ、ぎゅっと瞳を閉じた。
エドモント「ちょうどいい場所に小屋があってよかったね」
◯◯「そ、そうですね……」
意識し過ぎてしまい、私は上手に言葉を紡げないでいる。
(どうしよう……)
(エドモントさん、きっと変だと思うよね)
苦し紛れに窓の外へと目をやると、ほのかに明るくなっているのがわかった。
(もうすぐ朝日が昇るんだ……)
(歩いていたら、今頃展望台についていたんだろうな)
◯◯「ご来光……見られなくて残念です。 私のせいで……ごめんなさい」
私がうつむくと、エドモントさんが顔をそっと覗き込んできた。
エドモント「諦めなくてもよさそうだよ」
◯◯「えっ……」
エドモント「おいで」
エドモントさんは、私を窓際へと促した。
エドモントさんと肩を並べ、窓の外を眺める。
エドモント「ほら、ここからでもご来光が見られそうだ……展望台へ行くよりも特等席だよ。 だって、ここは◯◯と二人きりだしね」
◯◯「エドモントさん……」
彼と視線が絡み合う。
鼓動が激しく跳ねて、その音が聞こえてしまわないか心配になる。
段々に彼の横顔が光に照らされていき、そのまばゆさに目を細めた。
◯◯「綺麗……」
エドモント「ご来光だ……」
窓の外に視線を移すと、地平線から光が溢れ出していた。
その美しさに、私は思わず息を飲む。
(ここからでも、ご来光を見られてよかった)
エドモント「◯◯、今年もよろしく」
エドモントさんの笑顔は、ご来光に負けないくらい輝いていた。
◯◯「こちらこそ、よろしくお願い致します」
エドモントさんが私の手をそっと握る。
エドモント「もう少しこのまま……いいかな?」
返事の代わりに、私は彼の手を握り返す。
暖かい毛布に包まり、私達は寄り添いながらご来光を眺める。
空に広がっていくまばゆい光は、私達のこれからも明るく照らしてくれるような、そんな光のように思えた…ー。
おわり。