編集スタジオにこもり、映画製作の追いこみに入っていた。
編集に集中しなければならないのに、さっきから○○の笑顔が頭から離れない。
(人が怯える顔ほど大好きなものはないと思っていたのに……)
(おっかしいなあ)
彼女が差し入れてくれたホットサンドを頬張りながら、僕は改めてフィルムと向かい合った。
(この作品が完成したら、真っ先に○○に見せよう)
(やっぱり君には、怯えた顔が似合う)
僕の心に浮かんでいる○○の笑顔が、たちまちに恐怖に歪んでいく…―。
(どれほど怯えてくれるかな……)
想像しただけでも笑みが込み上げてくる。
とにかく早く彼女に見せたい…―。
そう考えるだけで、一心不乱に仕事に集中できた。
ミニシアターに立てかけられた『本日貸切』の看板に、淡い明かりが注がれている。
ようやく、この時がやってきた。
ウィル「今夜はね、ピカピカの新作を、君にまず見せようと思って!」
○○「……!」
案の定、○○は目を丸くしている。
彼女の手に、そっと自分の手を重ねた。
ウィル「今さっき、完成したばかりなんだ……ぜひ君に、最初に感想を聞きたくてね」
(君が来てから……この映画作りにもいっそう精が出た)
(僕が丹精込めてつくったこの映画を、どうか君に見てほしい)
彼女の手を握りしめ、真剣な眼差しを真っ直ぐに注ぐ。
○○「はい……!」
決意したように、○○もしっかりと頷いてくれた。
けれど僕の手を包む彼女の両手は、小さく震えていたのだった…―。
…
……
二人でシアターの席に着くと、やがてフィルムが流れ始める。
冒頭のシーンは、深い森…―。
まだ何も起きていないのに、彼女は眉をひそめ、食い入るようにスクリーンを見つめた。
○○「……!」
○○が、声にならない悲鳴を上げる。
(本当に面白い反応をしてくれるなぁ)
(今からそんなだと……持たないよ?)
森をゆっくりと進んでいくと、突然ゾンビがカメラに襲いかかる。
彼女が、膝の上で手を握りしめた。
握りしめたその手は、小刻みに震えている。
ウィル「……」
思わず、そっと、彼女の手をとったけれど、震えが止むことはない。
(こんなに怯えてくれるなんて……)
それからも映画が進む度に、息を飲んだり、目を見開いたり、何より……
(君は気づいてるのかな?)
○○は、恐怖に支配されるたびに僕の手をぎゅっと握ってきた。
(なんて……可愛いんだ)
予想外の高揚感を抱きながら、僕は彼女に顔を近づける。
ウィル「そんなに、怖がってもらえると光栄だな……」
○○「ウィル……さん!」
ウィル「昼間は笑顔もいいなって思ったけど……やっぱり、君の怖がってる表情の方が何倍も好き。 ○○……僕、君のことがすっかり気に入ってしまったみたい」
○○「え……?」
ウィル「そうやって怖さで涙目になっても、僕の映画を見てくれるところとか。 やっぱり可愛いな……」
ホラー映画を見ている彼女は、ぞくぞくするほどの魅力で満ち溢れていた。
(ころころと変わる表情……何て愛しいんだ)
(この次だ……この次のシーンはどんな表情をしてくれるんだ?)
穴が空くほど見つめた時、劇場に断末魔が響き渡った。
すると同時に、彼女はびくっと肩を震わせる。
(うん、想像通り)
僕は嬉しくなり、○○の肩を抱きしめた。
彼女もまた、僕の腕にしがみつく。
ウィル「積極的だね」
○○「ち、違います、ただ怖くて……」
(いい……それでいいんだ)
ウィル「いいよ、存分に怖がって、そして僕を頼って。 そういう君の素直な反応が、僕はもっと見たいから……ね?」
○○「ウィルさん……」
潤んだ瞳をじっと僕に向け、○○が手に力を込める。
スクリーンに視線を戻し、眉をひそめながら次の展開を待っていた。
(いつまでも、君とこうしていたい……)
ホラー映画でも、恋人達の距離は縮めることは可能なんじゃないか……
(今度、兄さんに言ってやろうかな)
そんなことを思いながらも、僕は彼女の一挙一動から目を離せずにいたのだった…―。
おわり