翌朝…―。
目覚めて部屋の外を出ると、廊下の角でふら付く人影が見えた。
気になって近寄ってみれば……
○○「ウィルさんっ!」
ウィル「え……あれ、○○?」
ウィルさんが、壁にもたれるようにして隈のできた目を擦っていた。
○○「大丈夫ですか?」
ウィル「大丈夫、大丈夫……ちょっと張り切り過ぎて徹夜しちゃっただけ」
○○「ちょっとって……」
ウィルさんは大きく伸びをすると、充実感のある顔を見せた。
ウィル「それより今日の夜、時間をちょうだい、君に見せたいものがあるから」
○○「私に? でも体を休めた方が……」
ウィル「大丈夫、それにどうしても今夜じゃないといけないんだ」
珍しく強い調子で言い、彼は私を真っ直ぐに見つめている。
○○「わかりました、でも無理はしないでください」
頷くと、彼は嬉しそうに笑みを浮かべた…―。
…
……
そしてその日の夜…―。
ウィルさんは約束の時間になると、私を街へと連れ出した。
○○「ここは……?」
やってきたのは、街中にある小さなミニシアターだった。
入口の前には『本日貸切』の立札がかかっている。
ウィル「今夜はね、ピカピカの新作を、君にまず最初に見せようと思って!」
○○「……!」
昼間の疲れた様子とは違い、しっかりと背を伸ばし、彼が私に手を伸ばす。
ウィル「今さっき、完成したばかりなんだ……ぜひ君に、最初に感想を聞きたくてね」
彼がタトゥーの入った手で私の手を包む。
少し色の白い、普通の手……
(この手が、みんなの楽しみにしている映画を……)
ものを一から作り出すことのできるウィルさんの手…―。
○○「はい……!」
私はウィルさんの手を両手で握り返すと、しっかりと返事をした。
シアターの席に着くと、やがてフィルムが流れ始めた。スクリーンに映し出された数字の数が徐々に小さくなる……。
やがて映画は深い森を最初の舞台として、始まった…―。
○○「……!」
おどろおどろしい夜の森を二人の男女が駆け抜けていく……その後ろから得体の知れないモノが追いかけてくる。
(やっぱり、怖い……)
膝の上で手を握りしめていると…―。
ウィル「……」
隣に腰かけているウィルさんが、私の手を握ってくれた。
だけど、どうしても恐怖に手が震えてしまう……
やがて場面が移り変わって…―。
夜の湖上を小さなボートが軋む音を立てながら進む。
その船上で行われていたのは……
○○「……っ!!」
返り血を浴びた謎の殺人鬼の形相に、声にならない悲鳴を上げる。
(怖い……どうしても……)
何度も目を塞ぎそうになりながら、肩を震わせ次に臨む。
だけどウィルさんは私の手を握ったまま、その視線はスクリーンではなく、私ばかりを楽しそうに見つめている。
ふと、耳元に吐息を感じて、心臓が跳ね上がった。
ウィル「そんなに、怖がってもらえると光栄だな……」
○○「ウィル……さん!」
耳元に囁かれた声は、まるで恋人に愛を説くような甘さで……
ウィル「昼間は笑顔もいいなって思ったけど……やっぱり、君の怖がってる表情の方が何倍も好き」
怖さとは別の意味で、心臓が鼓動を早め始める。
ウィル「○○……、僕、君のことがすっかり気に入ってしまったみたい」
○○「え……?」
ウィル「そうやって怖さで涙目になっても、僕の映画を見てくれるところとか。やっぱり可愛いな……」
○○「……っ」
目尻にキスを落とされる。
だけど次の瞬間、スピーカーからは映画の登場人物の断末魔が響き渡る。
恐怖に引き攣る私の肩を、ウィルさんの腕が抱く。
まるで恋人同士のような距離感なのに、目の前のスクリーンに次々と恐ろしい映像が映し出される度に、私はウィルさんの腕に頼ってしまう。
ウィル「積極的だね」
○○「ち、違います、ただ怖くて……」
身を引こうとする私の肩を更に強く彼が抱く。
ウィル「いいよ、存分に怖がって、そして僕を頼って。そういう君の素直な反応が、僕はもっと見たいから……ね?」
○○「ウィルさん……」
(いいのかな、頼っても)
彼の腕に伸ばした指先にそっと力を込めて、身を委ねる…―。
出会って数日しか経っていない彼相手にそんなことができたのは……映画の恐怖に私の頭がすっかり麻痺しているせいかもしれなかった…―。
おわり。