真っ青な空に、花火の音が響き渡った。
いよいよ、新作映画の舞台挨拶が始まろうとしている。
一歩、レッドカーペットを歩けば…―。
観客1「きゃああああーーーー!」
観客2「完成ずっと楽しみにしてました!」
観客達の黄色い歓声が会場を揺らし、僕は笑顔で手を振る。
(この笑顔が恐怖に歪む瞬間……まったく、楽しみだね)
そんなことを思っていると、出演した女優達にもカメラが向けられた。
皆、女優らしい笑顔で記者からの質問に答えていた。
(作られた言葉に、作られた笑顔か……)
(この子達の演技も、悪くはなかったんだけどなあ)
ここのところ、どんな女優を見ても物足りなさを感じていた。
(僕が求めているものは……)
目の前にそびえ立つ、〇〇がいるであろうホテルに視線を向ける。
(いやあ、最高だったなあ)
〇〇がケナルへ来てからというもの、僕の創作意欲は掻き立てられるばかりだった。
(青ざめた顔、引きつった顔、震える唇……)
彼女の表情を思い返していると、体の中から熱いものが込み上げてくる。
(〇〇も女優だったらよかったのに)
(……いや、女優じゃないからこそいいんじゃないか?)
(だったら……)
いつの間にか僕は、〇〇のことばかり考えていた…―。
ホテルの一室のドアを、勢いよく開ける。
ウィル「よーし、仕事は終わった! 〇〇、行くよ!」
〇〇「えっ、ウィルさん!?」
彼女は、寝ぼけ眼で僕を見た。
〇〇「あっ、待ってください、行くってどこへ?」
ウィル「お腹が空いたから、カフェでも行こう」
〇〇「えっ……?」
呆然としている彼女の腕を掴み、強引に部屋から連れ出す。
カフェに着くや否や、僕は彼女の前で数々のファイルを広げた。
〇〇「これ、なんですか?」
ウィル「何って、映画のための資料だよ」
けれど、ただの資料ではない。
全て、彼女の反応を書き記したものだった。
どんなシチュエーションでどんな反応を見せてくれたか…―。
少し読み返しただけでも記憶が蘇り、胸がときめく。
ウィル「君……何にでもあまりに素直に反応するからさ。 僕の分厚いメモ帳がもう4冊も君のことで埋まっちゃった」
(今までの最高記録は、兄さんの3冊だったけど)
〇〇「そ、そんなこと…―」
驚いている彼女がこれから伝えることを聞いたら、もっと驚愕するだろう。
目を見開く姿を想像して、胸が高鳴った。
ウィル「実は次回作について、考えているんだ」
〇〇「次回作……?」
ウィル「そう! 次回作。僕、次は君を撮りたいんだ」
彼女の顔を真っ直ぐ見つめ、口を開く。
彼女は予想通り、目を大きく見開き僕を見つめ返した。
(ああ……いい顔だ)
思わず、指でフィルターをつくり、そこから彼女を覗き込む。
ウィル「うん、やっぱりイイ絵になりそうだ!」
〇〇「だけど私、ホラーなんて……」
ウィル「そう、ちょっと君は健康的すぎるんだよね。今までの僕の作風だと」
〇〇「なら、どうしてですか?」
ウィル「どうしてって言われてもなあ……僕が撮りたいから?」
指のフィルター越しに見える彼女は、不思議そうに僕を見つめている。
〇〇「でも、そもそも演技の経験とかもないですし……」
やんわりと否定の方向へ持っていこうとする彼女を見据えながら、僕は大きく息を吸い込んだ。
ウィル「だから、君に合うテーマで作品を作ろうかと思ってるよ。 君でしか撮れない、僕にしか撮れない、新しいムービー。 君のその純粋さが……僕の手によって、人々を恐怖させるものになる」
〇〇「や、やっぱりホラーじゃ…―」
ウィル「だから、作風は君に合わせて変えるって。けど……」
(ここだけは、君にもはっきりわかっていてほしい)
ウィル「やっぱり僕は、ホラー監督ウィル・ビートンだから」
ニッと笑うと、〇〇の表情も、ようやく綻んだ。
その小さな笑顔に、僕の胸がざわめく。
(あら)
(怯える表情じゃなくて、笑顔を見てこんな気持ちになるなんて……)
(……やっぱり、〇〇の可能性は無限大だ!!)
〇〇の顔を見ながら、映画の構想を語る。
彼女は驚いてから、不安そうに目を伏せた。
その仕草を見て、僕の眉尻が自然と下がる。
(ちょっと傷つくなあ)
(僕を誰だと思ってるの?)
心の中で語りかけながら、彼女の頬に指先で触れ優しく顔を上げさせる。
ウィル「大丈夫。僕が監督するんだから、君は何も心配いらない……」
(そう、僕と、君さえいれば……)
ウィル「だから、もっと君のことを僕に教えて……これからは、四六時中一緒にいて……ね?」
不安げに揺れていた彼女の瞳は、いつの間にか真っ直ぐ僕を見つめている。
その瞳の一挙一動に、僕は心を奪われてしまっていた。
(いつまでも、君を撮っていたい……)
フィルターを作る僕の指が、いつまでも彼女を捉えて離そうとしない。
抑えきれない程の感情が、僕の胸を熱く焦がしていた…―。
おわり。
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