彼の突飛な行動と、恐怖にしばらく放心していると…―。
メモを取り終えたウィル監督が、表情を一変させた。
ウィル「よし、なるほど。また恐怖に対する反応の引き出しが増えたな、これは次の新作に生かそう。驚かせて悪かったね、○○」
○○「今、私の名前……」
ウィル「うん、君、なかなか見どころありそうだから、もっと親しくなりたいなって」
悪びれもせずに、監督はモニタ―の電源を切る。
ウィル「君も、『監督』なんてよそよそしい呼び方はやめて、ウィルって呼んで」
○○「ウィル……さん」
ウィル「うん、改めてこんにちは、○○。僕のスタジオにようこそ!」
にこやかに笑って、腰を抜かしそうになっていた私の肩を叩いてくれる。
ウィル「それにしても、僕を目覚めさせてくれた人が君みたいな人だなんて……ホラーの神様は、僕のことが大好きみたいだ!!」
わけのわからないことを言って、喜び勇むウィルさんに、恐る恐る私は問いかけてみる。
○○「あの、もしかして招待状にあった完成しそうな新作って……」
ウィル「もちろんホラー映画だよ。今君が見たやつ」
明るい声で言って、レンズの向こうでウィンクをする。
(どんな内容なんだろう……最後まで見られるかな……?)
これから先のことを考えて、私は少し気が遠くなったのだった…―。
…
……
その後、ウィルさんが紅茶を淹れてくれたので、私は気を取り直して、近くの椅子に腰かけた。
ウィル「君、砂糖は何個?」
○○「一つでお願いします」
ウィル「了解」
小さな壺から、角砂糖のようなものをウィルさんが取り出す。
けれど……
○○「なっ、なんですかそれ!?」
ウィル「あ、見た? 可愛いよね! この、しゃれこうべを模した砂糖。この輪郭の型どりとかさ……よくできてると思わない!? 行きつけの喫茶店にあったヤツで、一目ぼれしちゃってさ。頼みこんで譲ってもらったんだよ。コイツも仲間だ――!って叫んでたし」
不健康そうな指先で、ウィルさんは胸元の髑髏型スティックピンを指す。
ウィル「カッコいいよね、これ?」
何て答えていいかわからなくて、沈黙を作ってしまう。
ウィル「……君のその顔は、恐怖でもない、怒りでもない。呆れた顔だな」
○○「……すみません」
ウィル「さ、冷めないうちにどうぞ……この髑髏はあっという間に紅茶に溶けて消えるから」
そう言って、砂糖を一つ摘み上げる。
ウィル「怖いなら溶かしてしまえばいい」
ウィルさんは自分のカップに、小さな髑髏を落とす。
ウィル「……まあいいや。気にしないで。僕、人からよく変わった趣味をしてるって言われるし。でも、女の子の趣味は別かな?」
レンズ越しの瞳が細められる。
どこか色っぽい眼差しが私を見て……
ウィル「だって、君が可愛く見えるのは、この世の摂理的に当然のことだから」
○○「……っ」
伸ばされた指先が、私の頬をくすぐる。
そのまま私の髪を指先に巻き付けながら、じっと見つめる……
ウィル「ね、○○」
名前を呼んだ彼の唇から覗いた歯がホラー映画の中の吸血鬼のようで、胸騒ぎがし始めた。
(気持ちが落ち着かない……)
つい視線を彼から外してしまう。
すると、ふとまた彼の指先が動いて私の顎を捕えた。
○○「……っ」
ウィル「君、さっきの様子を見れば、ホラーが苦手なのはわかるけど……参考までに、好きな映画も教えてもらえる?」
○○「わ、私のですか?」
(映画……好きなジャンルは……)
○○「恋愛ものが好きです」
ヒュウ……と、ウィルさんは賑やかしのような口笛を鳴らした。
ウィル「やっぱり女の子なんだね。僕も次回作には恋愛要素を入れようかな」
視線を明後日の方へ向けて、何やら考えるそぶりを見せると、またメモを取り始める。
ウィル「なんにせよ、君が驚くほど素直だってことがわかったよ! ……まあ、そんな顔を見たくて呼んだんだけどね」
かすかな声で、彼は意地悪そうに微笑んだ。
ウィル「けど、お楽しみは後に取っておいて…… せっかくだから、映画の製作現場を案内してあげるよ!」
これまでの彼とのやり取りを思い出して、胸に一抹の不安が過る。
○○「ウィルさん、私は結構で…―」
ウィル「遠慮しないで!!」
こうして私はウィルさんに手を引かれ、スタジオから連れ出されたのだった…―。