第2話 彼も作風

ウィル「あと……気をつけてね。うっかりこの敷地で迷って……その後、姿を見た人はいない……」

○○「え…―」

ウィル「なーんて…… うーん!出会ったときよりいい顔してる!!」

不安を抱きながら、彼の後についてスタジオにお邪魔すると…―。

そこには新たな驚きが待っていた。

(何だろう、ここ……ちょっと怖いな……)

彼に手を引かれて歩くスタジオは、まるでおどろおどろしいホラーハウスのようだった。

所々に蜘蛛の巣が張り、血糊の類が辺りを汚している……

○○「一体ここは……?」

ウィル「映画のセット、ちょっと暗いから足元に注意してね」

そう言って振り向いた彼は、少し妙な表情をしていた。

(な、何だろう……)

さきほどまでの楽しそうな笑みは消え、神妙な面持ちでスタジオをゆっくりと歩いている。

ウィル「僕にしっかりとついてきてね……でないと……」

ほとんどつぶやくように発せられる監督の言葉は、最後まで聞きとることができなかった。

○○「え……最後がちょっと、聞こえ……」

言い終わらないうちに、引かれる力が強くなり、歩くペースが早くなる。

薄暗い闇に沈む彼の姿は、まるで死の世界の案内人……なぜだか、そんな雰囲気を感じた。

○○「……」

怖さを払拭するために、私はぎゅっと手のひらを握って辺りを見渡す。

(変わったお城……セットとは思えないほど作りもリアル)

見渡せば見渡すほどに、そのリアルさに体が震え出してしまう。

ウィル「……クッ」

(……監督?)

前を歩く監督が、肩を震わせているような気がした…―。

……

乱雑に散らかっているスタジオの中を、物をよけながら進むと、少し開けたスペースが見える。

机の上にパソコンや、紙の資料が山のように積みあがっている。

ウィル「さあ、どうぞ。ここが僕の作業スペース」

さきほどの雰囲気をたたえたまま、にたりと笑ってウィル監督が私に説明をする。

(あれ、思ったよりも……)

もっと雑然とした場所を想像していたけれど、案内されたスタジオは、綺麗に整理されている。

けれど、次の瞬間…―。

○○「……!」

目に入ってきた映像に、私の体は固まった。

目の前にある大きなモニターに映し出されていた映像は…―。

○○「……!!!」

ウィル「あれあれ? どうしちゃったの?」

○○「あ、あの、ウィル監督の作る映画って……」

ウィル「あれ? うん、言ってなかったっけ?」

その瞬間…―。

左右にあったスピーカーから絹を裂くような女の悲鳴が上がった……

ウィル「いい悲鳴だろう? そう、僕はホラー映画監督、ウィル・ビートンだよ」

○○「!」

(どうしよう……ホラーはあまり……)

背筋が寒くなって、辺りを落ち着かない気分で見まわす。

ウィル「もしかして、君、ホラーは苦手なタイプ?」

ニヤついた笑みを浮かべて聞いてきた監督に……

○○「ぜ、全然平気です……っ」

ウィル「ふうん……」

監督が口元に浮かべた笑みがさらに深くなる。

その瞬間――雷の音が鳴り響き、部屋の明かりが消えた。

○○「……っっ!?」

恐怖に思わず監督へ手を伸ばし、触れた布をぎゅっと握りしめた。

すると……

○○「え……?」

部屋の明かりが点灯し、くすくすと笑う声が聞こえた。

顔を上げれば、至近距離で監督が笑っている。

しかもしがみ付いた私の腰をしっかりと監督の腕が支えていて……

○○「!!」

慌てて彼の腕から身を引く。

ウィル「やっぱり、可愛い女の子が怖がる表情って最高にいいね!僕、創作意欲が湧いてきちゃったよ。 あっ、今の君の感じ、メモに残しておこう!」

心底楽しそうな顔をして、彼はメモを取り始める。

○○「か、監督……今のってまさか」

ウィル「……ククッ」

メガネのフレームを中指で上げて、彼が微笑する。

ウィル「君、だんだんいい感じになってきたよ! ここに来るまでの間の様子も、なかなかよかった!!」

○○「! ま、まさか……楽しんでたんですか!?」

ウィル「楽しんでた? まさか、そんな酷い男に見えるかい?」

ウィル監督はわざとらしく眉をひそめて首を左右に振る。

ウィル「ちょっとした実験……ロケハンみたいな……ほら!」

おどけた様子で、監督がパンと手を鳴らす。

ウィル「記録活動だよ。 人はどんなときに、どのように怖がるのか。しっかりメモを取らせてもらうよ。 君の一挙一動を、ね♪」

彼は、ぺろりと舌なめずりする。

そんなウィル監督の突飛な様子に、私はただ呆然と立ち尽くしてしまっていたのだった…―。

 

 

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