ウィル「あと……気をつけてね。うっかりこの敷地で迷って……その後、姿を見た人はいない……」
○○「え…―」
ウィル「なーんて…… うーん!出会ったときよりいい顔してる!!」
不安を抱きながら、彼の後についてスタジオにお邪魔すると…―。
そこには新たな驚きが待っていた。
(何だろう、ここ……ちょっと怖いな……)
彼に手を引かれて歩くスタジオは、まるでおどろおどろしいホラーハウスのようだった。
所々に蜘蛛の巣が張り、血糊の類が辺りを汚している……
○○「一体ここは……?」
ウィル「映画のセット、ちょっと暗いから足元に注意してね」
そう言って振り向いた彼は、少し妙な表情をしていた。
(な、何だろう……)
さきほどまでの楽しそうな笑みは消え、神妙な面持ちでスタジオをゆっくりと歩いている。
ウィル「僕にしっかりとついてきてね……でないと……」
ほとんどつぶやくように発せられる監督の言葉は、最後まで聞きとることができなかった。
○○「え……最後がちょっと、聞こえ……」
言い終わらないうちに、引かれる力が強くなり、歩くペースが早くなる。
薄暗い闇に沈む彼の姿は、まるで死の世界の案内人……なぜだか、そんな雰囲気を感じた。
○○「……」
怖さを払拭するために、私はぎゅっと手のひらを握って辺りを見渡す。
(変わったお城……セットとは思えないほど作りもリアル)
見渡せば見渡すほどに、そのリアルさに体が震え出してしまう。
ウィル「……クッ」
(……監督?)
前を歩く監督が、肩を震わせているような気がした…―。
…
……
乱雑に散らかっているスタジオの中を、物をよけながら進むと、少し開けたスペースが見える。
机の上にパソコンや、紙の資料が山のように積みあがっている。
ウィル「さあ、どうぞ。ここが僕の作業スペース」
さきほどの雰囲気をたたえたまま、にたりと笑ってウィル監督が私に説明をする。
(あれ、思ったよりも……)
もっと雑然とした場所を想像していたけれど、案内されたスタジオは、綺麗に整理されている。
けれど、次の瞬間…―。
○○「……!」
目に入ってきた映像に、私の体は固まった。
目の前にある大きなモニターに映し出されていた映像は…―。
○○「……!!!」
ウィル「あれあれ? どうしちゃったの?」
○○「あ、あの、ウィル監督の作る映画って……」
ウィル「あれ? うん、言ってなかったっけ?」
その瞬間…―。
左右にあったスピーカーから絹を裂くような女の悲鳴が上がった……
ウィル「いい悲鳴だろう? そう、僕はホラー映画監督、ウィル・ビートンだよ」
○○「!」
(どうしよう……ホラーはあまり……)
背筋が寒くなって、辺りを落ち着かない気分で見まわす。
ウィル「もしかして、君、ホラーは苦手なタイプ?」
ニヤついた笑みを浮かべて聞いてきた監督に……
○○「ぜ、全然平気です……っ」
ウィル「ふうん……」
監督が口元に浮かべた笑みがさらに深くなる。
その瞬間――雷の音が鳴り響き、部屋の明かりが消えた。
○○「……っっ!?」
恐怖に思わず監督へ手を伸ばし、触れた布をぎゅっと握りしめた。
すると……
○○「え……?」
部屋の明かりが点灯し、くすくすと笑う声が聞こえた。
顔を上げれば、至近距離で監督が笑っている。
しかもしがみ付いた私の腰をしっかりと監督の腕が支えていて……
○○「!!」
慌てて彼の腕から身を引く。
ウィル「やっぱり、可愛い女の子が怖がる表情って最高にいいね!僕、創作意欲が湧いてきちゃったよ。 あっ、今の君の感じ、メモに残しておこう!」
心底楽しそうな顔をして、彼はメモを取り始める。
○○「か、監督……今のってまさか」
ウィル「……ククッ」
メガネのフレームを中指で上げて、彼が微笑する。
ウィル「君、だんだんいい感じになってきたよ! ここに来るまでの間の様子も、なかなかよかった!!」
○○「! ま、まさか……楽しんでたんですか!?」
ウィル「楽しんでた? まさか、そんな酷い男に見えるかい?」
ウィル監督はわざとらしく眉をひそめて首を左右に振る。
ウィル「ちょっとした実験……ロケハンみたいな……ほら!」
おどけた様子で、監督がパンと手を鳴らす。
ウィル「記録活動だよ。 人はどんなときに、どのように怖がるのか。しっかりメモを取らせてもらうよ。 君の一挙一動を、ね♪」
彼は、ぺろりと舌なめずりする。
そんなウィル監督の突飛な様子に、私はただ呆然と立ち尽くしてしまっていたのだった…―。