窓から差し込む夕陽が、部屋を朱く染める頃…-。
僕は執務室の椅子に腰かけ、書類にペンを走らせていた。
従者「ミリオン様、大変でございます……!」
その時、血相を変えた従者が、執務室へ駈け込んで来た。
その手には、〇〇宛に届いた差出人不明の手紙が握られていて…-。
ミリオン「まさか、〇〇…-!」
考えるより先に、〇〇の元へ駆け出した。
…
……
〇〇の後を追って、夕闇迫る森に押し入り、ようやく〇〇を見つけた時……
彼女は見知らぬ男に抱えられ、力なくぐったりとしていた。
男の後ろに悠然と立っているのは、以前僕が関税を引き上げようとしたメスキナ国の大臣…-。
ミリオン「〇〇っ……!」
僕の呼びかけに、彼女が薄らとまぶたを持ち上げる。
(良かった……!)
安堵したのも束の間、背後にいる男に向かって僕は力の限り叫んだ。
ミリオン「〇〇に、汚い手で触れるな!」
メスキナ大臣「ええ、すぐにでもお返ししますよ。 シンセアが、我が国の隷属国となると調印を結ぶなら……」
(なんだと……?)
突き出された条件は、この国の忌まわしい過去を彷彿とさせる。
未だ癒え切らぬ、僕の傷をえぐるものだった。
メスキナ大臣「トロイメアの姫を守りたいなら、その書面にサインを――」
シンセアの存亡を考えるなら、とうてい呑むことはできなかった。
けれど……
賊に捕らわれた〇〇が、痛々しげに眉をしかめる。
(ここにサインをしたら……シンセアはまた豊かさを失ってしまう)
(僕が作り上げてきたものが壊れ……民達がまた……)
拳をぐっと、痛いくらいに握り締める。
(でも……)
〇〇「そんなっ、馬鹿なこと言わないでください……!」
声を振り絞り、〇〇が必死で呼びかける。
〇〇「忘れないで! ミリオンくんが守りたいのは、この国なんでしょう? だったら、絶対にサインなんてしちゃ駄目……!」
激しい葛藤の最中、彼女の言葉が真っ直ぐ心へ届いた・
一番守りたいもの。
僕の答えは……もう疑いようもなかった。
(今、はっきりわかった……)
国を裏切り、民を再び貧困の淵へ落としたとしても。
ミリオン「僕が、一番守りたいのは……」
〇〇……君だった。
…
……
〇〇を攫おうとした男を捕え、メスキナ国へ強制送還した後…―。
〇〇は城の者にかけ合い、僕の潔白を一つずつ証明してみせた。
ミリオン「……僕のために、どうしてそこまでするんだよ」
ある日、〇〇に問いかけたことがある。
〇〇「ミリオンくんが、誰よりもこの国を想っていることをよく知っていますから」
優しく微笑む彼女の言葉に、救われている自分がいた。
僕の選んだやり方は、誰にも理解されなくていい。
目的を果たせるなら、それで充分だと。
(けれど……)
笑顔の影に潜めた不安が、いつしか深い闇を呼び込んだ。
怒りにさいなまれ、彼女に乱暴な態度で迫った時すら、その華奢な体で、どんな僕でも精いっぱい受け止めてくれた。
(そんな彼女の存在が、僕の孤独を終わらせたんだ…-)
そのおかげで、長らく国を覆っていた暗雲は晴れ、シンセアは以前のような、豊かで活気ある日々を取り戻していった。
…
……
晩餐の後、僕は〇〇を部屋に誘った。
どうしても、二人で話したいことがあったから…-。
ミリオン「あの時……国も名誉も、財産も……すべてを捨ててもいいと思った。 お前さえ、傍にいてくれるなら……って」
他国との外交で出し抜けれぬよう、本音は笑顔の裏に隠し続けてきたけれど。
彼女といると、想いが自然に言葉としてこぼれ出す。
それを許してもらえると、信じることができた。
〇〇「ありがとう……ミリオンくん」
(そんなふうに笑うから……)
込み上げる衝動のままに、僕は〇〇の肩に手を伸ばす。
そのままゆっくりとソファに押し倒し、驚く彼女の瞳を覗き込んだ。
ミリオン「引っかかった」
彼女に翻弄される僕をこれ以上見せたくなくて、余裕のある振りをしてみせる。
〇〇「あ、あの…-」
ミリオン「僕を心配させた罰」
(本当に心配したんだ……)
一歩間違えば、この国も、彼女も失っていたかと思うと。
彼女の存在を確かめるように、その柔らかな首筋に唇を押しつける。
ミリオン「僕を心配させるなんて、〇〇くらいだよ。 ねえ……埋め合わせ、してくれるよね?」
白いうなじから、耳の淵へ伝い……彼女の首筋を柔らかく食んでいく。
微かな声は甘い吐息となって、彼女が小さく身を震わせた。
〇〇の熱を感じると、不思議と心が落ち着いていく…-。
ミリオン「〇〇……。 これからも傍にいてくれるよね?……どんな僕であっても」
悪戯に目を細めれば、彼女の潤んだ瞳にほのかな甘さが宿る。
(もしかして、ときめいちゃってる?)
自分の持つ魅力で、好きな人を翻弄するのは悪くない。
ミリオン「ふふっ……気づいちゃった。お前って、こういう僕に弱いんだね」
〇〇「なっ…-」
ミリオン「……違うの?」
彼女の唇をなぞりながら、甘く問いかけると、観念したかのように、〇〇が小さく頷いてみせる。
(簡単に認めちゃうなんて)
(こういう君に弱いのは、僕の方だ…-)
愛しさが溢れ、彼女の腕の中に抱き締める。
甘く香る髪に顔を埋めながら、気づけば耳許でそっと囁いていた。
ミリオン「……ありがとう」
お前が僕の前に、現れてくれて…-。
おわり。