ミリオン「お前を見てると――苛々する」
ミリオンくんが私の顎先に触れ、その綺麗な顔を近づける。
ミリオン「どうせ……なんの苦労も知らないお姫様なんだろ? ああ、だからか……どんなに笑顔を振りまいても、高価な贈り物をしても……。 お前が、ちっとも僕になびかなかったのは」
まるで人が変わったかのように、ミリオンくんは苛立ちを露わにした。
〇〇「そんな……」
今までのミリオンくんとは全く違う様子に、私は言葉を失ってしまう。
ミリオン「お前さ、自分の立場わかってる?」
嘲笑うかのように、ミリオンくんが私の瞳を覗き込む。
ミリオン「トロイメアの姫という立場なら、誰と協定を結べば利益になるか、一目瞭然だろ」
(どういうこと……?)
(ミリオンくんが私に優しくしてくれていたのは……トロイメアの姫だったから……?)
私に向けられた優しい笑顔や、温かな気遣いが、すべて偽りだったとは思いたくない。
けれど……
〇〇「国家協定は、私の一存で決められることではありません……」
私の返答に、ミリオンくんは呆れたように息をつく。
ミリオン「はっ、相変わらずいい子な発言だな。 そうやって善人ぶりながら、世界平和なんか謳ってれば……。 いずれ他国につけこまれ、すべてを奪われるんだ」
ミリオンくんが、その瞳に深い怒りを宿す。
〇〇「ミリオンくん? 一体何が…-」
ミリオン「聞きたいの? まあ、もうこうなっちゃったから別にいいか。 麗しのトロイメアの姫君に、つまらない昔話をしてやるよ」
ミリオンくんはすっと体を引くと、私に薄く微笑みかけた。
ミリオン「この国の王……僕の父は、長らく緊張関係にあった隣国との和平を望んでいた。 やっと双方が和解し、平和協定を結ぶ運びになった時……。 巧みに操作された契約書に騙されて、不平等条約を取りつけられた」
当時を思い返しているのか、ミリオンくんは手が白くなるほど強く拳を握り締める。
ミリオン「財政がひっ迫した国は乱れ……犯罪や貧困の連鎖があちこちで起こった。 僕達は王族でありながら、みじめな暮らしを強いられ……。 父は心労で病に臥せ、僕が代わりに国を取り仕切ることになった」
ミリオンくんはふっと息を吐き、静かに話し続ける。
ミリオン「できることならなんでもしたよ、僕の容姿に惹かれて、寄ってくる奴らはいくらでもいた。 他国の姫に媚びては、その寵愛を買い……。 薄汚い大臣に土下座して金を借り、見返りとして山のように賄賂を贈った」
話し続けるミリオンくんの表情が、哀しげに歪む。
(ミリオンくん……)
ミリオン「そのおかげで、見てみなよ。 今、この国は世界に引けを取らない経済大国となった! 国民達も幸せだ。僕に笑って礼を言う。 どうだ、トロイメアの姫?これが僕らしいやり方だ」
(ミリオンくん……)
告げられた内容に衝撃を受けながらも、私は必死で彼への言葉を探した。
〇〇「正しいか間違っているか……私にはわからない……。 ただ……私はミリオンくんが、そんなにつらそうな顔をしていることが…-」
ミリオン「うるさい、黙れッ――!」
苛立ちをぶつけるように、ミリオンくんが私をソファに押し倒す。
〇〇「……っ!」
足を割るようにして覆いかぶされ、ソファが沈む。
両手を縫いつけられれば、身動きができなくなってしまった。
ミリオン「お前に何がわかるっ――!」
(ミリオンくん……)
身を強張らせながらも、私は彼の瞳の奥に潜むものを見ようとした。
けれど乱暴に組み敷かれ、奪うように唇が触れかけた瞬間…-。
子猫「にゃぁー……」
(え……?)
ソファの下から、子猫の鳴き声が聞こえた。
ミリオン「っ――」
子猫がソファの上に飛び乗り、ミリオンくんの体に頬を摺り寄せる。
それは、以前雨の中でミリオンくんが冷たい目で見つめていた子猫だった。
〇〇「この子猫、あの時の……?」
ミリオン「……」
ミリオンくんはそっと体を起こすと、私を解放してくれた。
(あの後、この子を拾って……?)
戸惑いに揺れていた心に、温かな安堵が広がっていく。
(やっぱり、ミリオンくんは……)
胸に切なさを抱きながら、私はミリオンくんをただ見つめ続けていた…-。