吹き抜ける風は冷たく、木々の梢をサラサラと揺らしていく。
○○と肩を並べて劇を鑑賞しながら、俺は彼女の横顔を見つめた。
(……寒くはないだろうか)
劇に見入っている彼女は、俺の視線に気づかない。
何度も首を傾げながらも、一心に劇に見入る彼女を可愛らしいと思った。
(言葉がわからないのだろう)
フロスト「……この言葉のことは、何かの文献で読んだことがある。解説してやろう」
そっと彼女の耳元に唇を寄せ、古い記憶を呼び起こしながら劇の説明をする。
フロスト「左にいるのが主役で、どこぞの王の隠し子だ。 自分の出自を知らず、今は盗賊をやっているという設定だ」
○○「そ、そうなんですか。すごく迫力のある役者さんですね」
(迫力がある……まあ、言われてみればそうか)
フロスト「この歌は、悪人から盗んだ後にここから見る景色はなんと綺麗なのだろう……と、まあそんな意味だな」
○○「か、かっこいいですね。すごく声も綺麗です」
(かっこいい……?声が綺麗だと……?)
彼女が言葉を重ねるごとに、俺の胸の奥がむかむかと苛立ってくることに気づく。
(まあ、確かにそう思えないこともないが)
○○「……素敵ですね」
彼女は役者を見つめたまま、こちらを見向きもしない。
(この気持ちは何だ?)
(何故俺がこんな思いを……?)
劇を見ようと言ったのは自分なのに、今すぐにでも帰ってしまいたいような気持ちになる。
フロスト「……そうか」
(どんな女も、俺の気を引くのに必死だと言うのに)
(俺の隣で他の男に見惚れるとは……良い度胸をしている)
舞台から目を離さない彼女を見つめていると、こちらを向かせたい衝動にかられる。
(……顎に手をかけ、こちらを向かせようか)
(それとも……)
そこまで考えて、自分に嫌気がさした。
(……○○にとって、俺よりもあの俳優の方が心惹かれる存在だということだ)
(少なくとも、今は)
そっとため息を吐いて、俺は更に考え込んでしまう。
(どうしたら、彼女はこちらを向くのだろうか)
(……いや、それよりも、何故俺はこんなことを考えているんだ)
もう一つ、深いため息がこぼれた…―。
…
……
そうして彼女と午後を過ごし、日が暮れかけた頃……
フロスト「さて、宿へ帰るとするか」
おみくじで大凶とやらを引いた俺は、実のところ少し満足していた。
(○○は気にしていたようだが)
(……大凶を引いてよかった)
大凶を引いてからというもの、彼女の心配そうな瞳が、午後中俺を追いかけていた。
(結局無様なところばかりを見せてしまったが……)
(あとは、何とか挽回できないものか)
そんなことを考えながら歩いていると、彼女が不意に立ち止まった。
フロスト「何かあったのか?」
○○「張り紙がしてありますよ。 橋が壊れ、臨時修繕中。しばらくお待ちください……」
彼女がそう読みあげ、俺の顔を見上げた。
フロスト「……大凶とやらも、なかなかいいところがある」
彼女の瞳に見つめられ、胸の奥から温かな気持ちがこみ上げてくる。
○○「え?」
フロスト「橋が壊れたから、お前ともう少しここにいられる」
○○「フロストさん……」
フロスト「日が暮れる前にと思っていたのだが、どうやら心の中を天に見透かされていたのかもしれない。 本当は、もう少しお前とここにいたかった。 とても、楽しかったからだ」
○○「……!」
フロスト「それに……無様なところばかりを見せてしまったからな……挽回させろ」
○○「格好悪くなんてなかったですよ。 私……嬉しかったです」
(嬉しかった?何を言ってるんだ?)
フロスト「あれは、忘れろ」
(他人を羨み、あまつさえ嫉むなど)
(羨み、嫉む……?)
(ああ、そうか……わかった)
(……あの気持ちを、嫉妬や独占欲と言うのか)
その気づきは、俺を愕然とさせるに足るものだった。
(まさか……まさか俺が、こんなことを思う日が来るとは)
(○○に、こんなに心を奪われているなんて)
(……とすれば、俺がすべきことは、ただ一つ)
○○を見つめ、その頬にそっと触れる。
フロスト「俺が、お前が目を離したくないと思うような男だと、これから証明すればいいだけの話だ」
(俺は、嫉妬などという感情を二度と俺自身に許さない)
(夢中にさせてやるから……覚悟しておけよ)
暮れていく日が、彼女の髪を透かす。
染まっていく街に、影が長く伸びていった…―。
おわり